NHK日曜討論 「1.5°Cの約束 脱炭素社会 どう実現?」を見て(江頭教授)

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 NHKの「日曜討論」と言えば私が子供の頃から放送していた伝統ある番組。政治に関連したテーマで与野党の代表者が丁々発止とやり取りする番組、というイメージでした。でも今回(放送日は 2022年9月25日 の日曜日です)取り上げられているのはタイトル通り「1.5°Cの約束 脱炭素社会 どう実現?」というテーマで政治絡みではないのです。

 さて、討論の参加者が与野党の代表ではない、というのはちょっと新しい感じがしました。「専門家や環境団体の方々と考えていきます」と司会の方が言っていたのですが今回のゲストは以下の様な方々です。

 まずは東京大学公共政策大学院 特任教授の有馬 純教授。この方は元は経産省のひとでCOPでの首席交渉官だったそうです。まあ、専門家代表でしょうか。クライメート・インテグレート代表理事の平田仁子氏、気候変動イニシアティブ代表の末吉竹二郎氏のお二方はNPO代表。信州大学特任教授の夫馬賢治教授は専門家ではありますが経済が専門の方のようです。環境団体 record1.5 共同代表の山本大貴氏はNPO代表というより若者代表でしょうか。

 さて、これは1時間番組なのですが、まず最初のおよそ30分ぐらい、討論らしい討論がありません。そもそもタイトルに「脱炭素社会 どう実現?」と有るぐらいですから、だれも脱炭素社会の実現に反対しないのです。甲論乙駁と言いますが、今回の日曜「討論」では甲が論じても乙は反駁しない。なんというか甲論乙論で前半が過ぎてしまいました。

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本日(9月26日)から後期授業が始まります。(江頭教授)

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 本日(9月26日 月曜日)から後期授業が始まります。夏休みも終わり、14回の授業と期末試験の新しい学期が始まるのです。

 えっ、今頃?と思っている高校生の皆さん、大学の授業は前期と後期の2期制なので「夏休み」が終わって授業が始まったのではなく、「秋休み」が終わって授業が始まったのだと思ってください。

 前期、後期ともに14回の講義と1回の試験、全部で15週間で一学期となります。前期と後期を合わせて30週間ですから、その間の休みは全部で22週間、春と秋に平均11週間の休みがある計算です(実際は学期中のお休みなどがありますから、そこまでまとまった休みにはなりませんが。)

 1学期の授業の終わりは7月26日、試験も終わり「秋休み」が始まったのが8月7日ですから、6週間半くらいの休みだった、ということになります。

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カミオカンデのちょっといい話(江頭教授)

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 卒業式、正確には学位記授与式に参加していたときのこと。挨拶の中で「カミオカンデ」のお話しがでてきてました。今回はこの「カミオカンデ」について昔に聞いたちょっといい話を紹介しましょう。

 まず「カミオカンデ」とは何か。岐阜県の神岡鉱山の地下につくられたニュートリノ観測用の施設で、その観測の指揮をとった小柴昌俊教授がノーベル賞を受賞したことで一気に有名になりました。

 でも私がこの話を聞いたのは小柴教授のノーベル賞受賞(2002年)よりずっと前のことで、おそらく超新星爆発によって発生したニュートリノの観測に成功して一部で話題となっていた1987年から何年かたったころの話だったと思います。当時私は東京大学の化学工学科の学生で、この話も研究室の先輩から聞いたのを覚えています。

 「カミオカンデ」は言ってしまえば「水の塊」を検知器で取り囲んで、その中でニュートリノと水(というか水分子内の電子)の反応を検出する装置です。こういうと単純ですが、相手はほとんど物質に干渉しないニュートリノ。これを捉えるためには膨大な量の水が必要で、なおかつその水の中で余計な核反応が起こるとノイズになってしまいます。「カミオカンデ」の運用が開始された当初、装置内に貯めた水に含まれる微量の放射性物質の影響が。微量とはいっても微弱なニュートリノのシグナルを捉えるためには深刻なノイズになる。さてどうすればよいのだろう。

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経済成長に限界はあるのか(江頭教授)

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 今回も慶應義塾大学大学院の小幡 績准教授の「ついに「日本が独り勝ちする時代」がやってきた」という東洋経済オンラインの記事に関連した内容ですが、少し視点を変えて小幡氏がその到来を予見している「膨張しない経済」について考えてみたいと思います。

 まず最初に注意しておきたいのは、この「膨張しない」という表現はおそらく「バブルにならない」程度の意味で、完全に成長しない状態を示しているのではなさそうだ、という点です。言い換えれば「安定成長」となるでしょうか。

 とは言え「安定成長」という言葉には特別な意味づけがあって、日本の高度経済成長(1970年代半ばまで)が終わったあと、年10%を超えるような急激な経済成長は終わったけれど、それでも毎年そこそこの経済成長は起こっている、そんな状態を示す言葉です。つまり、1970年代の石油ショック以後の時代が日本の「膨張しない経済」の時代だったのでしょうか。

 実はこの「安定成長」の後に「バブル景気」がやってきます。

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スウェーデンより社会保障が充実し、アメリカよりイノベーションが盛んで、中国より市場規模の大きい国!?(江頭教授)

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 この記事は慶應義塾大学大学院の小幡 績准教授の「ついに「日本が独り勝ちする時代」がやってきた」という東洋経済オンラインの記事への論評の続きです。

 最初にお断りしたように私は経済学については門外漢なので、上記の小幡氏の記事の内容について判断できるほどの知識はありません。でも賛成できる点も多々あって、中でも「これはその通りだ」と思ったのは以下の部分。

日本の有識者や世間の議論の悪いところは、世界でいちばんのものを持ってきて「それに日本が劣る」と騒ぎたて、「日本はダメだ、悪い国だ」と自虐して、批判したことで満足してしまうことだ。社会保障はスウェーデンと比較し、イノベーションはアメリカと比較し、市場規模は中国と比較する。そりゃあ、さすがに勝ちようがない。

これぞ我が意を得たりでして、常々私も気になっている点なのです。

 これも昔は違っていたと思います。世界で一番優れた製品、世界で一番優れた制度をよく観察し、それを参考に、というかそれをまねして自国に取り入れるというのが日本の国のやり方だった時代がありました。その時代なら世界でいちばんのものを持ってきて「それに日本が劣る」と騒ぎたてることにも意味がありました。そしてその後に続くのは「日本はダメだ、悪い国だ」ではなく「我々もそれに負けないようなものを創ろう」であったのです。

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サステイナブルな社会に「イノベーション」は有るのか(江頭教授)

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 この記事は慶應義塾大学大学院の小幡 績准教授の「ついに「日本が独り勝ちする時代」がやってきた」という東洋経済オンラインの記事への論評の続きです。

 小幡氏は世の中の財やサービスを「必需品」と「ぜいたく品」に大別し、現在の先進諸国では本来は不要な「ぜいたく品」を必要だと思い込ませることによって経済的なバブルを維持している、と指摘しています。「ぜいたく品」は新しい刺激で欲望を作り出し続けるための「麻薬」の様なものであると。そして、

われわれは、必需品が作れなくなり、いらないぜいたく品が世の中に溢れ、人々は「麻薬」にお金を使っている。だから、新型コロナウイルスや戦争などなんらかの社会的なショックによって供給不足に陥り、必需品が目に見えて高騰してはじめて、ようやく「今まで必需品をつくることに手を抜いてきた社会」になっていたことに気づくのだ。

と、現下の状況を解釈してみせるのです。

 そして新たな「ぜいたく品」をつくるイノベーションよりも「必需品」を地道に改良する事を良しとする社会と経済の在り方を「膨張しない経済」と呼び

必需品の質が上がっていく。基礎的な消費の質が改善する。これが社会にとってもっとも必要であり、社会を豊かにし、社会を持続的に幸せにすることだ。格差は生まれにくい。質の差はあるが、その差に断絶はない。社会として一体性は維持されやすい。

とし、今回の世界的なインフレなどの経済変動がその「膨張しない経済」への入口となると述べています。

 小幡氏の予言とおりに社会が変化してゆくかのか、その可能性の大小はさておいて、この「膨張しない経済」というビジョンはとても興味深いものです。「サステイナブルな社会」とはこの「膨張しない経済」のことなのでしょうか。

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論評 小幡 績「ついに「日本が独り勝ちする時代」がやってきた」(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 私の専門は化学工学で経済については門外漢。経済学に興味はありますがきちんと勉強したわけではないので経済関係の記事に対して論評できる立場ではないのですが、今回は東洋経済オンラインのある記事について少しコメントしてみたいと思います。

 件の記事は2022年9月17日付けでタイトルは「ついに「日本が独り勝ちする時代」がやってきた」となかなか刺激的。その辺は意識してのタイトルらしくサブタイトルとして「なぜ円安が進んでいるのにそこまで言えるのか」とわざわざ強調しています。

 ちなみに著者の小幡 績氏は慶應義塾大学大学院准教授で以前から雑誌やこのようなサイトでお名前を拝見する先生です。文体は単刀直入でやや強い表現がめだちます。でも、TVだったかネット番組だったか、映像で話をする様子は穏やかで少し茶目っ気が多めの常識人という感じ。学問上の意見は意見としてエッジを立てた書き方をしているのでしょう。

 さて、記事の内容。まず前半では、先進諸国はインフレと不況が同時に起こるスタグフレーションに向かって突き進んでいるとしています。しかしインフレが穏やかな日本にはその心配はない。日本のマスコミの論調とは逆に今の日本は非常に恵まれた状態にあるといいます。

 そして最近の急激な円安傾向については、単に日本銀行による金融緩和の具体的な手法が間違っているだけであり、伝統的な手法に戻せばすぐに解決するはずだというのです。

 タイトルとサブタイトルはこの前半部分でほぼ回収されています。先に述べたように私にはこの議論に対して賛成とも反対とも判断できるほどの知識はありません。ではなぜわざわざこの記事を取り上げたか。実はこの記事の後半で小幡氏は「膨張しない経済」 という実に興味深い考えを披露しているのです。

 「膨張しない経済」って「サステイナブルな経済」のことなのでは?

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工業触媒に大切なこと(江頭教授)

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 触媒による反応の制御のついて先に説明したので、今回は触媒、特に工業的に物質生産に使用される触媒にはどんな特徴が必要なのかを紹介しましょう。

 まず「触媒は化学反応の進む速度を上げるもの」ですから、反応をより速くすすめられるものが良い触媒だ、ということになります。この反応を加速する能力の程度を「活性」と言います。触媒は活性が高いほど良い、高活性な触媒ほど良い触媒だ、といえるでしょう。

 次に、「触媒を利用して生成物を選ぶことができる」ので、目的の生成物がたくさんできるものが良い触媒です。触媒は反応速度を速くしますが、最終的な生成物の平衡には影響しない。しかし、多くの工業的に行われる反応では平衡まで反応を進めることは少なく、平衡に到達する以前の段階で反応を終了します。平衡に達する途中で生成する物質のうち、どの物質が多く生成するかは触媒に依存することになります。反応生成物のうち、目的の生成物が生じる程度を「選択性」と言います。選択性の高い触媒ほど良い触媒だ、といえるでしょう。

 三つ目の特徴は「寿命」です。

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触媒による化学反応の制御 エチレンオキサイドの合成(江頭教授)

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 反応を制御するための工学、「反応工学」の話題として圧力による反応の制御について、前回と前々回で紹介しました。今回は触媒による反応の制御についてお話ししましょう。

 例によって「ハーバーボッシュ法」からスタートします。

 発熱反応である窒素と水素からのアンモニア合成反応はルシャトリエの法則から低温ほど有利である。しかし、あまりに低温では反応が進行しない。そこで、アンモニア合成に際して分子の数が減少することに注目し、再びルシャトリエの法則を適用すれば高圧が有利であることがわかる。圧力を上げ、さらに触媒を開発してついにアンモニアの工業的な合成が可能になった。

 さて、ハーバーボッシュ法での開発された触媒の役割は低温でも充分早い速度で平衡濃度が達成されるように反応を加速することです。ただし、触媒を加えると正反応が早くなるのと同時に逆反応の反応速度も大きくなり、平衡状態に達する時間は短くなるものの、平衡の移動は起こりません。つまり「触媒は最終的な反応の結果に影響を与えない。」ということです。

 ここで話変わってタイトルにあるエチレンオキサイドの合成について紹介します。エチレン(C2H4)と酸素(O2)を反応させるとどうなるでしょうか?エチレンの酸化、あるいは燃焼ですから、最終的にはCO2とH2Oができるはずです。ところが銀を含む触媒をつかうとエチレンと酸素からエチレンオキサイド(C2H4O)を作ることができます。エチレンオキサイドを水と反応させるとエチレングリコール(不凍液やポリマーの原料として有用な物質です)が得られるため、この反応は工業的に行われています。ここで銀の触媒というところが重要で、他の触媒ではエチレンオキサイドではなく二酸化炭素と水(それと未反応のエチレン)が生じることになります。

 さて、このエチレンの部分酸化の例と先ほどの「触媒は最終的な反応の結果に影響を与えない」という知見とは矛盾してはいないでしょうか。

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 同じ原料系から触媒を変えることで別の物質を作ることができる。触媒を利用して違う反応を起こすことができるのに「触媒は最終的な反応の結果に影響を与えない。」とはこれ如何に、です。

 

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圧力による化学反応の制御 メタネーションの場合(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 圧力による反応の制御につて、前回はハーバーボッシュ法を例にとって紹介しました。

 発熱反応である窒素と水素からのアンモニア合成反応はルシャトリエの法則から低温ほど有利である。しかし、あまりに低温では反応が進行しない。そこで、アンモニア合成に際して分子の数が減少することに注目し、再びルシャトリエの法則を適用すれば高圧が有利であることがわかる。圧力を上げ、さらに触媒を開発してついにアンモニアの工業的な合成が可能になった。

というのが一般的なハーバーボッシュ法の説明ですが、前回は

 実はほとんどの反応は温度で簡単に制御できるか、全く絶望的かのどちらかで、圧力による温度条件の緩和、という手段の対象となる反応は一部に限られる。(中略) 結局、ハーバー・ボッシュ法は、反応制御の手法としては「教科書的」とは言えない。

と結論づけました。

 今回、この結論の部分を、もう少し詳しく説明したいと思います。アンモニア合成以外の反応の一例として一酸化炭素と水素からメタン(と水)が生じる反応、メタネーションを例としましょう。

 メタネーションの反応は発熱反応であり、同時に反応によって分子数が減少する反応です。(一酸化炭素1分子と水素3分子が反応し、メタンの水の分子が一つづつ生じます。)この点では窒素と水素からのアンモニア合成と同じです。

 

 まず、アンモニア合成の時と同様、充分なメタンを生成できる条件の目安となる様な平衡定数を以下の様に計算してみました。

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