生命の起源の謎を解き明かす不斉誘起反応(山下教授)
| 固定リンク 投稿者: tut_staff
分子には化学構造は全く同じであっても、立体的に構造が異なるものがあります。たとえば右手のグローブと左手のグローブは同じ構造ですが、同じように右手にはめることはできません。このように鏡に映したような関係にある分子構造の特徴を不斉と呼び、その分子は互いに対掌体であるといいます。化学反応によって不斉構造をもつ分子ができるとき、両方の分子は本来同じ構造なので全く等確率で生成するため、不斉源がないところから一方の対掌体のみを得ることはできません。しかし対掌体によって薬理作用が大きく異なるため、いかに対掌体を作り分けるかが化学者の大きな研究テーマになっています。
我々生命体を形成しているペプチドもアミノ酸からできていますが、不思議なことにそのアミノ酸は一方の対掌体のみからできています。もし、両方の対掌体が存在すればペプチドはランダムな構造となり精密に制御された酵素などの機能を発揮することができず、我々は生命を維持することもできません。太古の宇宙に目を向けるとBig Bangによって宇宙が形成され、素粒子や原子が融合しながら単純な分子を作り上げ、地上で生命体が生まれてきました。その過程で、本来等確率でしか生成しないはずの光学活性なアミノ酸が自然の原理に反して一方の対掌対のみとなって我々生命体を形成していることは生命の起源であり、同時に未だ解明されていない謎なのです。
これまでに生命の起源に関する様々な仮説が提案されています。たとえば、原始地球においてアミノ酸が生成する際に円偏光が降り注いだため一方のアミノ酸が優先的に生じたとか、生命活動の中で一方のアミノ酸のみが増幅されたとか、L体アミノ酸からなる人種とR体アミノ酸からなる人種が戦って一方が滅びてしまった、などなどです。しかし、単にフラスコを掻き回したくらいでは不斉を誘起することはできないとこれまで考えられてきました。研究室に新しく配属された学生がいたずらな先輩から「フラスコを右にかき回すとR体、左ならS体ができるよ」などとからかわれたなどという笑い話もあります。
近年巨視的な回転力によって不斉制御ができることが見出されました。我々はポリアラミドなどの単純な高分子を撹拌することによって不斉が誘起されることを見出し、それを1年かけて証明し、さらに誘起された不斉を光の不斉に転写することに成功しました。巨視的な回転力によって不斉が誘起されるのであれば、宇宙の中に存在する回転力、たとえば地球の自転、公転あるいは銀河系のらせん状の渦が分子の不斉の起源であるという説も有力な科学的根拠を得たことになるのです。またこのような技術が発展すれば、天然の不斉をもつ物質の力を借りず望みの不斉分子を自在に合成できるようになり、新しい医薬などの開発が著しく進歩することになります。我々の研究は世界的に有名な雑誌で取り上げられ世界に大きな衝撃を与えました。現在、この技術をさらに進歩させミクロンの大きさのマイクロリアクター中で渦を作る実験を行っています。
「先端研究」カテゴリの記事
- 研究会へ参加してきました。(片桐教授)(2019.03.12)
- 「研究室ひとり」の学会発表(西尾教授)(2016.04.06)
- グリーンケミストリー、クリーンケミストリー、ITRSそしてサステイナブル工学 (高橋教授)(2016.03.07)
- 高分子固相光反応の不均一性(山下教授)(2016.01.25)
- キラリと輝くキラリティー(山下教授)(2015.10.26)