「炭素ー水素結合活性化」って何??(上野講師)
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私の専門とする有機合成化学では、常に新しい反応が開発されています。その研究対象も時代と共に変化します。そのため、大学で研究している私たちは常に最新の論文を読み、これまで誰にも為し得なかった研究成果を挙げるために日夜研究に励んでいます。
有機合成化学の分野で、近年特に注目を集めている研究対象に、「炭素−水素結合活性化」があります。化学分野で権威のある国際雑誌の一つであるJournal of the American Chemical Societyは毎週発刊されますが、近頃「炭素ー水素結合活性化」に関連する論文を見ない週はありません。今回は、この「炭素ー水素結合活性化」とは何かということを、これを読んでいる高校生の皆さんに理解できるように紹介して行きたいと思います。
炭素−水素結合とは、炭素(C)と水素(H)との共有結合であり、ほとんどの有機化合物には複数個含まれる結合です。例として図1にシンナーやマニキュアにも使用されているトルエンの構造式を記しました。これを省略せずに書くと図2のようになります。ここには、8個の炭素ー水素結合が含まれていることが分かると思います。有機合成化学では、こういったある分子を、医薬品や材料など価値のある別の分子に変換することを研究する学問です。ここで、トルエンのある炭素ー水素結合を別の結合に置き換える事を考えてみると次の二つの大きな問題があります。1つ目に炭素ー水素結合は他の結合よりも多くの反応試薬とは反応しにくい、2つ目に複数の炭素ー水素結合をもつために望みの炭素ー水素結合だけを変換することは困難であることです。世界中の有機合成化学者たちは、この二つの課題を克服するために、それぞれ独自の「解決法」を発見し、それが毎週のように論文として報告しているという訳です。
私自身も大学4年生として研究室に配属された当時、指導教員の下で「ルテニウム触媒を用いた炭素ー水素結合の切断を経る芳香族ケトンのアルケニル化反応」という炭素ー水素結合活性化に関する研究テーマに取り組んでいました。その反応式を図3に記しました。ここでもやはり上記と同様の問題があります。すなわち、炭素ー水素結合よりも反応しやすそうな炭素ー酸素結合やカルボニル基を含んでいるために、そちらの結合が先に反応してしまうのではないか、またこの分子も複数の炭素ー水素結合をもつために望みの炭素ー水素結合だけを反応させることは困難ではないかということです。結論を言うと、ここではルテニウム(Ru)と呼ばれる遷移金属の錯体をほんのわずかだけ加えることで、これら二つの問題を解決し、望みの位置の炭素ー水素結合だけが炭素ー炭素結合に変換できます。
上述のように、この「炭素ー水素結合活性化」は、最近活発に研究されている研究対象であり、現在高校生の皆さんが大学4先生になり有機化学関連の研究室に所属すれば、一度は耳にすることになると思いますので、是非知っておいて欲しいと思います。
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