「成長の限界」再読 その1 (江頭教授)
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「The Limits to Growth (成長の限界) 」はサステイナブルな社会づくりについて語られるとき、「Our Common Future」とともに必ず名前の出てくる書物です。1972年の出版で、すでに43年前の書物ですが、この本で述べられている考え方が現在の世界を形成する思想的な支柱の一つとなっている一方で、この本で語られた概念が正しく理解されていない様にも見えます。そこで本書の内容を、私の個人的な記憶を交えながら紹介していきたいと思います。
「成長の限界」、日本語訳はダイヤモンド社から出版されていて正式なタイトルは
ローマ・クラブ「人類の危機」レポート
成長の限界
D.H.メドウズ、D.L.メドウズ、J.ラーンダズ、W.W.アベランズ三世 著
大来佐武郎 監訳
となっています。本書はローマ・クラブという、今で言うシンクタンクの依頼を受けてMITの研究グループが当時最新のコンピュータシミュレーションを駆使して行った研究の報告書です。そのタイトルに「人類の危機」という、当時では(今でも?)きわもの的な言葉が使われていることがとても印象的でした。
では、「人類の危機」とは具体的には何を指しているのでしょうか。序章で著者たちは本書の内容を三つにまとめていますが、その一つ目が「人類の危機」についてです。以下に引用します。
(1)世界人口、工業化、汚染、食料生産、および資源の使用の現在の成長率が不変のまま続くならば、来るべき100年以内に地球上の成長は限界点に到達するであろう。もっとも起こる見込みの強い結末は人口と工業力のかなり突然の、制御不可能な減少であろう。
学者的なストイックな言い回しですが、人口の「かなり突然の、制御不可能な減少」は具体的には多くの人々が寿命を全うすることなく死に至る、という事を意味しています。工業力が失われる、ということは生き残った人々も苦しい生活を余儀なくされる、ということです。
1970年代、核戦争による「人類の危機」というイメージはすでに広く行き渡っていたと思いますが、「成長率が不変のまま続く」という悪意ではなく、むしろ善意で人々が行動することによって「人類の危機」が訪れる、というのです。
この様に書くと「成長の限界」が示したヴィジョンが非常に斬新なものだったように思えるかも知れません。
しかし、実際には当時すでに、多くの人たちが環境汚染や資源の枯渇など成長の負の側面を眼にしていて、「こんなに急激な成長は続けられないのではないか」と感じていたのだと思います。だからこそ本書は多くの人の関心を集め、評価を得たのではないでしょうか。本書はこの一つ目の結論がユニークだったから評価を得たのではなく、多くの人がすでに感じていたことをずばりと言い当てて形にしたことで評価を得たのでしょう。
さて、本書の二つ目の結論はユニークだと言って良いでしょう。
(2)こうした成長の趨勢を変更し、将来長期にわたって持続可能な生態学的ならびに経済的な安定性を打ち立てることは可能である。この全般的な均衡状態 は、地球上の全ての人の基本的な物質的必要が満たされ、すべての人が個人としての人間的な能力を実現する平等な機会をもつように設計しうるであろう。
ここで「持続可能な」という表現が使われていますが、これが「サステイナブル」という言葉が、このような文脈で使われる出発点です。
この二つ目の結論は「われわれはサステイナブルな社会をつくることができる」とまとめられます。これは希望をもたせる結論であり、この希望がコンピュータシミュレーションという当時の最新技術によって支持されている、という点も本書に人気が集まった原因かも知れません。
見逃せないのは、この二つ目の結論には、人間が社会をデザインすることができる、社会をサステイナブルという目的に合わせて改造すべきである、という思想が含まれている点です。これは必ずしも自明な命題ではありません。個々の人間の知力は限られているから、複数の人間が集まった判断、すなわち市場の判断によって、社会の形は自然に決まる、決まるべきである、という考え方もあるからです。
前半の、社会を人間が意図をもって改造する、という部分は従来から存在した考え方ですが、その目的として持続可能な、サステイナブルな社会を実現する、つまり人類の種としての生き残りを目指す、というほとんどの人が反対できない大義名分が与えられた点に注目すべきです。この考え方は後の「Our Common Future」などに引き継がれてゆく思想の原点だと思います。
なお、参考までに三つ目の結論を示しましょう。
(3)もしも世界中の人々が第一の結末ではなくて第二の結末にいたるために努力することを決意するならば、その達成するために行動を開始するのが早ければ早いほど、それに成功する機会は大きいであろう。
二つ目の結論に従って行動することを促す内容です。
では、これらの三つの結論の元になっている命題、サステイナブルな社会と成長が相容れない、という考えはどのように導かれているのでしょうか。
それはまた次回のお話としたいと思います。
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