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身の回りの真空地帯(山下教授)

| 投稿者: tut_staff

高分子・光機能材料学研究室の山下です。

 私たちの身の回りの世界は真空だらけです・・・って知っていましたか?巨大なビルを支えるコンクリートや鉄、河原の石、携帯電話のプラスチックなど、どの材料もよくみると真空なのです。信じられますか?

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高分子の自由体積中に存在するフォトクロミック分子。
光に応答して形や色を変える機能を持つ

 世の中の物質を構成する原子は直径が1Å(10-10m)程度の空間に広がる粒子で、その中央に10-15mの大きさの原子核があります。電子の質量は陽子の約1800分の1程なので原子の質量はほぼ原子核だけできまります。その原子核は原子の中の、長さでは105分の1、体積にすると1015分の1の空間に集中しており、その他の空間は何もない虚無の空間なのです。これは原子の内部の構造ですが、原子と原子の間にも巨大な真空地帯が存在します。

 たとえば、金属のような球形の原子が密に充填している状態を考えましょう。このような充填の仕方は最も密に原子を詰めこむ方法ですが、それでも球と球の間に隙間ができるため、充填率は74%。換言すれば26%の真空地帯があるということなのです。ここで言う「真空地帯」とは分子、原子が存在しない空間のことで、我々が通常考える圧力は沢山の原子、分子の統計的運動の結果生じるのに対し、原子、分子レベルの微視的観測をすることにより見出される空隙のことを比喩的にさしているものです。

 有機化合物は炭素と炭素が結合し、それに酸素や窒素などの元素が加わり複雑な構造をしています。すると単純な球形の原子とは異なり分子をぴったり充填することは難しくなり、さらに大きな空間が存在します。有機化合物の分子が複雑な形をすればするほど、分子と分子の隙間は増大し、分子の間に潜む空隙は我々の想像以上に大きくなります。その典型は高分子です。高分子は分子が紐のように連なった形をしているので、紐どうしがからみあい、分子と分子をぴったりと充填することはできず、その結果高分子を形成する分子、原子よりもはるかに大きな何もない空間が存在します。高分子のこの空間のことを「自由体積」とよび、高分子が様々な機能を発現する一つの要因となっています。 ガラスを折り曲げようとすると割れてしまいますが、ビニールのシートは割れることなく容易に折り曲げられます。これも高分子に潜む自由体積のおかげです。高分子には色素を混ぜて色をつけたり、光反応性の分子を混ぜてメモリーとすることもできます。これも高分子の中にある自由体積がその役割を果たしているからなのです。
 従来、物質に着目した研究がなされてきていましたが、我々のグループでは物質と物質の間の空間に着目するという発想の転換により従来の技術では達成できなかった高効率の反応空間を作ったり、優れた機能をもつ材料を開発しています。

 初夏を迎え、木陰で冷たいソーダ水を飲むのが気持ちよい季節になりました。恋人と共に2本のストローを入れたグラスの中には小さな泡がゆっくりと上ってゆくのが見えるでしょう。しかし、よくよく考えてみれば泡という物質はないので、泡のあった空間に上からソーダの液体が次から次と下りてくるというのが実態かもしれません。皆さんはソーダを見て、「泡が上っている」と思うか、「ソーダ水が次から次へと落ちてくる」と思うか、いずれでしょうか?
 ソーダを味わいながら自由体積や原子・分子のつくる空間に思いを馳せてみてはいかがでしょうか?

山下 俊

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