科学と独創性(山下教授)
| 固定リンク 投稿者: tut_staff
ものを増幅することは、人間にとってとても大切なことです。たとえば、皆さんがもっている百円玉が翌日には200円、翌々日には400円・・・と
増えていったとしたら、これほどうれしいことはありません。科学の世界でも増幅は大変重要な技術です。電気の世界では、微弱な電流の変化をスピーカーから
大きな音として出すために「アンプ」が使われます。物理の世界では弱い光を種として鉄をも焼き切る強力な光を出す技術がレーザーです。生物の世界では一粒
の種から植物が実のり、どんどん食品が増えてゆきます。
では、化学の世界ではどのような技術があるでしょうか?
実は、物質を増幅するというのはとても大変なことで、本当の意味で化学の力でものを増幅する技術はまだありません。あえて言えば「触媒」が化学で分子を増幅する一つの方法です。
みなさんが使っているコンピュータの集積回路はすべて「化学増幅」という技術を使って生産されています。感光性樹脂を使いコンピュータの微細な回路を作る
とき、十分な感度がないと生産するのに時間がかかってしまいます。触媒的に反応を増幅することができれば、短時間で回路素子を生産できるようになります。
この技術を発明したのは、日本人の伊藤洋さんなのです。
彼は大学卒業後IBMのアルマデン研究所でフォトレジストの研究を行い、この技術を発明しました。今日ではすべてのコンピュータに欠かせない技術であり、社会的なインパクトが大きい発明であるためノーベル賞の候補ともささやかれていましたが、残念ながら数年前に亡くなりました。私がカリフォルニアを訪問したときには、プール付きの豪邸でもてなしていただき大変気さくな人物でした。科学者にとって、自分が世界で初めて何かを生み出したという経験はとても重要で、自然科学に携わる者の醍醐味です。伊藤氏もこの画期的なアイデアを実現したとき、「触媒レジスト」と命名したのでは陳腐な印象を与えてしまうため、あえて挑戦的な印象を与える「化学増幅レジスト」と命名したのです。
今日ではこの技術を模倣して、さまざまな応用技術が開発されています。その点においても、いかにこの技術が独創性的であったかが分かります。あえて「増幅」と命名した伊藤氏の心意気が工学に「チャレンジ」する者にとって大切であると思いました。
みなさんも、化学の力で分子を増幅する新しい技術に挑戦してみませんか?
「解説」カテゴリの記事
- 災害発生時の通信手段について(片桐教授)(2019.03.15)
- 湿度3%の世界(江頭教授)(2019.03.08)
- 歯ブラシ以前の歯磨き(江頭教授)(2019.03.01)
- 環境科学の憂鬱(江頭教授)(2019.02.26)
- 購買力平価のはなし(江頭教授)(2019.02.19)