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有機フッ素化合物の結晶工学-1(片桐教授)

| 投稿者: tut_staff

 有機フッ素化合物の大きな特徴は、その弱い分子間相互作用です。例えば、テフロンはフライパンなどのコーティング材として用いられており、分子間力を抑えることにより焦げ付きを防ぎます。同様に、傘の表面加工にもフッ素を含む高分子材料を用います。このフッ素の効果により水をはじきます。エアコンや冷蔵庫の冷媒として用いられているフロンは、弱い分子間力により蒸発し易い性質をもちます。この性質を利用して、機械的な圧力変化による蒸発と凝集を繰り返させて熱のやりとりを行います。このようにフッ素を含む有機分子はその弱い分子間力により特異な性質とそれを利用した機能を持ちます。

 その一方で、含フッ素有機物は「結晶化し易い」という特徴を持ちます。化学実験器具に用いられるテフロンはプラスチックです。しかし、テフロンは透明ではなく白色です。これはその中に存在するたくさんの小さな結晶の界面で光を散乱するためです。

 弱い分子間力のくせに結晶化しやすい有機フッ素化合物の特徴には、矛盾を覚えます。多くの研究者が現在、この問題の解決に取り組んでいます。

 私(片桐)はβ-フルオロアルコール類の融点を切り口に、この問題を研究しています。表に示すように、β—位にフッ素を含むアルコールの融点は、フッ素を含まない(フッ素の位置に水素を持つ)アルコールよりも50−90℃も高いものです。このようなアルコールの類似物として取りフルオロ乳酸エステルの結晶構造を単結晶X線構造解析装置で調べたところ、結晶中に水酸基間の水素結合の鎖が存在し、それにより分子は爆竹状に整列していました。さらに、この結晶体の低角粉末X線回折装置による測定により、この結晶の溶融体の中でもこの水素結合鎖は切れず、「水素結合ポリマー」を形成していることを見つけました。

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 ここからは、物理化学の話です。

 

 融点は、その固体の自由エネルギーの大きさと液体の自由エネルギーの大きさが同じになる温度です。
 ΔG(液体)=ΔH(液体)—TΔS(液体)
 ΔG(固体)=ΔH(固体)—TΔS(固体) ですから、
融点におけるΔGの引き算をすると
 ΔΔG(液体-固体)=ΔH(液体-固体)—T(融点)ΔS(液体-固体)=0
です。この式を変形すると
 T(融点)=ΔΔH(液体-固体)/ΔΔS(液体-固体)
です。ここでΔΔHは分子間力の大きさ、ΔΔSは液体と固体の間の乱雑さの違い、と考えてください。
  さて、含フッ素アルコールの分子間力(van der Waals力)は弱いため、そのΔΔHは小さく、その融点は低くなりそうなものです。しかし、先に述べたように、液体状態でも水素結合ポリマー構造を残すため、そのΔΔSの変化は、分子状のバラバラになる非フッ素アルコールよりも小さくなります。つまり、ΔΔHは小さくても、それ以上にΔΔSも小さいた め、融点は高くなってしまうわけです。

 このように「弱い分子間力」と「高い融点」をあわせ持つ有機フッ素化合物の結晶は、普通の有機 物とは全く異なる構造的な特徴を持ちます。特に、弱い分子間力により、結晶中に分子は密に詰まらないため、分子サイズの隙間(細孔)を生じます。この細孔は均一の大きさであり、その内部構造も均一なため、水素分子をためておけます。この水素を貯蔵する原理も上記の式(T=ΔH/ΔS)で説明されるもので す。いつかまた、詳細に解説します。

参考文献:J. L. Aceña, A. E. Sorochinsky, T. Katagiri, V. A. Soloshonok, Chem. Commun., 2013, 49, 373-375.

片桐 利真

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