書評 「若き数学者のアメリカ」 「名著講義」 藤原正彦 (山下教授)
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藤原正彦先生は数学者であると同時に文筆家、評論家として有名で、改めて紹介するまでもなく皆さんご存知のことと思います。
私と藤原先生との出会いは、昭和55年駒場の教養学部に入った私が線型代数を教わったのが藤原先生でした。(ちなみにその当時、政治学を教わったのは舛添要一先生、猪口孝先生でした。) 当時、藤原先生の「若き数学者のアメリカ」を読み、海外の大学に赴き研究者としてチャレンジすることにあこがれを抱き、それがその後私がアカデミックの世界に足を踏み入れるきっかけともなった本です。
戦後日本には多くの優秀な科学者が育ち、その多くは若いうちにアメリカ、ヨーロッパに留学し研鑽をつみました。それどころか、欧米の優れた研究は日本から留学にきていたポスドクたちに支えられ発展したといっても過言ではありません。たとえばノーベル賞を受賞した根岸先生や利根川先生もその一人ですし、留学から帰国した先達はアクティブに今日の日本の科学技術を推進してゆきました。私が本郷の専門課程に進んだ後も授業の時や折節に、留学中に様々な苦労がある中でハングリーかつアクティブに活躍した話を聞いて、わくわくとしたものでした。同書では大学教授からみた大学の制度の批評や海外の暮らしの様子の紹介など、今読み返してみても興味深い1冊です。
偶然ですが、私の家内が学生時代ロンドンに留学していた際に藤原先生もちょうどケンブリッジ大学に滞在されており、家内はお食事に連れて行ってもらったりラグビーの試合に連 れて行ってもらうなど大変にお世話になったそうです。数年前、「国家の品格」が出版された際に、家内の同級生の一人に情報通の人がおり、「藤原先生がまた 本を出されたよ」と言って、すぐさまその本を我が家まで送ってきてくれました。
「国家の品格」では「ならぬことはならぬものです」で有名な会津 の什の掟を紹介し、「7番目の掟以外にはまったく同感である・・・」というくだりなど藤原流ユーモアとダンディズムが炸裂しており、家内と二人でその本を拝読しながら「藤原先生、昔と変わってないね」としみじみと当時を懐かしがったものでした。
自然科学に携わる者は真理を追究し、「正しいことは正しい」というあたりまえの世界に生きています。しかし現代の人間社会は正しいことが正しいと はまかり通りらぬ「理不尽」に満ちています。また、昨今の国際関係を見ていると日本は我々が想像する以上に急速に存在感が失われつつあり、数十年後日本がどうなるか危機感を覚えます。しかし、それ以上に現代の日本人の人間力や道徳感の衰退によって内部から国家が崩壊することが切実に危惧されます。いつの世も「いまどきの若者は・・・」と言われ、そういわれた若者がいつの間にか大人になったのには違いありませんのでこの危惧も杞憂に終われば幸いですが、現代の若者は同書を読みどのように考えるか、ぜひご一読を勧めます。また若者のみならず、子供のまま大人になってしまっている多くの日本人にも必読の書と言えま しょう。 「国家の品格」とともに「名著講義」も同時に推薦します。
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