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ナイロンの発見(山下教授)

| 投稿者: tut_staff

63_2  ナイロンは1935年、Du Pont社のウォーレス・カロザースによって発明されました。今では衣類などとして当たり前の材料ですが、まだ合成繊維がなかった時代、「鋼鉄よりも強く、クモの糸より細い」繊維を工業的に合成できるということは画期的な大発明でノーベル賞の候補としても有力なほどの発明でした。そのような華々しい発見に至る研究者の暮らしはどのようなものだったのか興味をもって書を繙いてみると、内容は予想とは全く異なり、カローザスの鬱々とした心が綴られた物語です。

 この本は大阪大学の井本稔教授がカローザスの日記風にナイロンの発見から彼の人生の終焉に至る過程を記した本で、いわゆる学術書ではなく文学作品であるという点でも興味深いものです。

 カローザスの発明は当時の化学の水準から卓越した大発明であることは誰もが認めるところです。ところがカローザス自身は、「分子を配向させれば高強度の材料ができる」という概念はすでに分かっていたことで、自分はただポリアミドという素材でその概念を実現したに過ぎない、と考えたのでした。彼にとって新しい概念を築くことこそが化学者の本質であって、既知の概念に従ってその延長上の仕事をしただけ(と本人は考えた)ということは化学者としてのプライドが許さないことだったのです。カローザスは失望しやがて41歳の若さで自らの命を絶ったのでした。

 
  私がこの本を読んだのは私がちょうど博士論文をまとめ始めた頃でした。
  博士論文はこれまでの科学の歴史に新しい知見を与える研究をまとめ博士号を得るための論文であるので、大変な意気込みがあると同時に、ちょっとした妥協も 許されないと自分で自分自身にプレッシャーを与え、何日も費やしてようやく1行書き進めるような頃のことでした。それ故にカローザスの気持ちが痛いほどわ かると思いながら読み進んだ記憶があります。

 彼が発明した樹脂に「ナイロン」と命名した理由は本人のみぞ知るで、何の記録もありません。ナイロン=nyl + on ですが、語尾はelectron(電子)やneutron(中性子)など物質をさす言葉に使われる~onと考えられます。nylは虚無をさすnil、あるいはその空しい気持ちをさすnihil(ニヒル)かもしれません。華々しい大発明の繊維にはこのようなカローザスの思いが込められてナイロンと命名され、現代でも多くの人々の生活の中で生きているのです。

出版社: 東京化学同人ISBN4-8079-0073-0 (残念ながら、この本は現在絶版となってしまい店頭では手に入らないかもしれませんが、図書館で閲覧するか、あるいは通販で入手できます)

山下 俊

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