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水素結合の話-DNA編(須磨岡教授)

| 投稿者: tut_staff

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図1 DNAの二重らせん構造と相補的塩基対

 大学入試の化学では,しばしば「水素結合」に関する出題が見られます.2015年のセンター試験でも出題されていた水素化合物の沸点に関する問題はその典型といえるでしょう.

 水素結合とは,電気陰性度の高い原子(フッ素,酸素,窒素など)に共有結合した水素原子が,近くに存在する分子のいくらか負の電荷を帯びた原子(フッ素,窒素,酸素など)と主に静電気力によって引き合ってできた結合のことをいいます.ただし,結合とはいっても分子間力のひとつであり,水素結合の強さは共有結合の10分の1程度の弱いものです.しかし,水素結合は,生体の中では構造の維持や機能の発現に重要な働きをしています.高校化学の教科書で最後の方にある天然高分子に関する章を見てみましょう.遺伝子の本体であるデオキシリボ核酸(DNA)は,糖(デオキシリボース),核酸塩基,リン酸からなるデオキシヌクレオチドが鎖状に縮合重合した高分子で,核酸塩基にはアデニン(A),チミン(T),グアニン(G),シトシン(C)の4種類があります(図1).

そして,この核酸塩基の並ぶ順番が遺伝情報に対応しています.また,二本のDNA鎖がより合わさって二重らせん構造となり,二重らせん構造の内側では,AとT,GとCがそれぞれ向かい合って相補的な塩基対と呼ばれる対を形成しています.この時,AとTの間には2本,GとCの間には3本の水素結合が形成されています.細胞分裂の際には,二重らせん構造を部分的にほどいて1本鎖状態として,それぞれの鎖の一本鎖部分に対して相補的な塩基対を形成できるように新しいDNA鎖がつくられ,最終的には元と同じ二重らせん構造を持ったDNAが2組できます(おそらく二重らせん構造が水素結合によって形成されているために部分的にほどくことができるのでしょう.もし,共有結合で二重らせんが形成されていたなら違った仕組みを生物は考える必要があったかもしれません).また,DNAからリボ核酸(RNA)やタンパク質がつくられる際にも,水素結合による相補的な塩基対の形成が重要な役割を担っています.

 ところで,核酸塩基同士で形成することのできる水素結合は図1の様式だけなのでしょうか?核酸塩基の構造を見ているといろいろな可能性が考えられませんか.実際,二重らせん構造形成で用いられていた水素結合とは異なる様式の水素結合から形成される構造も発見されています.例えば,染色体末端にあるテロメアと呼ばれる部分と同じ配列(グアニンを多く含む)を持つDNAでは,グアニンが4つ集まることによって図2に示すような水素結合で平面が形成されることが報告されています.さらに,このグアニン4つからなる平面が積み重なり,4重らせん構造が形成されます.生体内でこのような4重らせん構造を取っているかについては未だ議論の余地も残されていますが,生体内でも4重らせん構造を取っていて,特別な機能を発現していると考えている研究者も数多くいます.

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図2 水素結合により形成される4つのグアニンの会合体(中央部の丸で囲んだMは構造を安定化するための金属イオンを示す,またRはDNAのデオキシリボース部分を表す)

 水素結合は,DNAだけではなくタンパク質などの他の生体分子の構造や機能にも重要です.また,水素結合やその他の分子間相互作用を巧みに利用した機能性の材料なども開発されています.このあたりのことについては,また別の機会に紹介したいと思います.

須磨岡 淳

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