常温核融合 【続続・科学者と良心】(山下教授)
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1989年3月23日にイギリス・サウサンプトン大学のマーティン・フライシュマン教授とアメリカ・ユタ大学のスタンレー・ポンズ教授が、重水を満たした試験管にパラジウムとプラチナの電極を入れ電流を流したところ、電流による発熱以上のエネルギーが発生し、核融合の際に生じるトリチウム、中性子、ガンマ線を検出した、すなわち試験管の中で核融合反応がおこったと発表しました。これが事実とするならば大変衝撃的です。
高校の実験室にあるような装置で莫大なエネルギーを得ることができるからです。発表後、直ちに多くの追試が試みられ、エネルギーの発生や中性子の検出などの「追試に成功した」との発表が次々と世界中の研究グループからなされました。世界各国で追試に成功している中、日本の研究者はいつになったら追試に成功するのだろうか、という期待感と緊張感に包まれ日本中が固唾をのんで見守っているなか、日本のいくつかの研究グループでも追試に「成功」したとの発表がありました。
常温核融合については一時のようなフィーバーは収まったもののその後も国家プロジェクトとして研究されたり、一部の研究者による個別の研究が続けられています。この事件の中でいくつかの問題を提起するならば、まず、ピア・レビュー制度が挙げられます。
科学の世界では常に未知の現象や新規物質を開拓しその新しい発見を論文として報告するので、投稿された論文の正解を誰も知っているわけではありません。そこで学術誌に投稿される論文の正確性や価値を事前に評価するために、同じ分野の研究者が投稿された論文を査読し審査する「ピア・レビュー」という制度があります。通常はこの制度は論文の間違いを正し質の向上を図るうえで大変有効に働いているのですが、画期的な発見を報告する論文がきちんと発表される前にその重要な内容が競争相手に漏れるという危険性もあるのです。
常温核融合において、ポンズ教授らはこの画期的な成果を米国エネルギー省のプロジェクトに申請し巨額の研究費を得ようとしました。その申請書は競争相手であるブリガムヤング大学のジョーンズ教授の目にふれ、論文が公式発表されるまえに両者の駆け引きが始まります。成果の先陣争いの過程で学術論文としてのピア・レビューを経ずに記者会見という形で公表が行われるなど、科学会のルールを無視することによって泥沼の世界へと進むことになります。
折しも本ブログで西尾教授から「常温核融合スキャンダル 迷走科学の顛末」という本が紹介されています。J. R. ホイジンガの「常温核融合の真実」も合わせてご紹介いたします。
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