豪雨災害 書架を歪ませる力はどこから?(江頭教授)
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少し前のことになりますが、常総市の洪水についての取材レポート(TBSラジオ「荻上チキ セッション22」 9月15日放送「豪雨災害、取材報告」)を聞いていると、こんな話が出てきました。
図書館が洪水の被害を受けて書架に入った本が水に浸かった。そのため「本がふくれて書架を歪ませている」というのです。
本がふくれることで生じる力が書架を変形させるほどの強さに達しているわけです。では、この力、一体どこからきているのでしょうか?
まず、本に水がしみ込んでふやけるときに書架を押し広げようとする力がかかる、つまり本の体積が膨らむことを書架が妨げるので力が生じる、ということ自体は分かりますよね。本の膨張を押しどどめる力と本に水がしみ込む力が釣り合っているわけですから、書架に強い力がかかる、というのは本に水が入り込む力が非常に強い、強い力で本に水が引き込まれている、ということです。
この力、紙を構成するパルプの繊維が水で表面ぬれたときに解放されるエネルギーが起源になっています。空気と紙の界面にくらべて水と紙の界面の方がずっと安定であり、不安定な「乾いた表面」から安定な「ぬれた表面」に変化するときにエネルギーが解放される、ということです。この様な「紙がぬれることで力が生じる」現象はいろいろな場所で観察されます。たとえば本ブログでも学生実験のひとつとして紹介したペーパークロマトグラフィーではこの力によって重力に逆らって液体がろ紙の上に向かって引き上げられる現象を利用しています。
今度は分子のレベルで考えてみましょう。紙の主成分であるセルロースには多くの水酸基がついています。この水酸基が水と水素結合をつくるため、セルロースは水と親和性が高い、したがって紙も水に濡れた方が安定である、と考えられます。つまり、「本が書架を変形させる」力の源は水素結合だ、ということです。
「だから何なの?」といわれると返す言葉もありません。でも、日々の生活やニュースで触れるいろいろな現象、その仕組みを分子のレベルで理解する、理解できる、ということは化学を学ぶ面白さの大切な一部だと私は思っています。
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