推薦図書 カント著「人倫の形而上学の基礎付け・実践理性批判」(山下教授)
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人倫の形而上学(Die Metaphysik der Sitten )は、ドイツの哲学者インマヌエル・カントの書で、1700年代後半に「純粋理性批判」などの諸書の概念を総括しまとめたものです。実践理性批判(Kritik der praktischen Vernunft)も同年代に著され、前書と合わせて三批判書として有名です。
私がこの書を繙いたのは高校1年の夏休みでした。
小学校の頃は家に帰るなりランドセルを放り出し暗くなるまでは家に帰らないという生活を送っていたため、親から本を読むようにと言われました。同級生に読書家の子がおり、黙々と本を読んでいる姿をみて密かに尊敬していたこともあり、私自身も本を読むことに焦燥感を感じていました。
ところが、親は何を読めばよいのかについては何も言ってくれなかったので、中学に入ってからは模索するように様々なジャンルの本を年間100冊以上手当たり次第に読みました。
文豪と呼ばれる人の作品でも意外にくだらないなあと思ったり、私小説を自分の経験と重ね合わせて涙を流したりなど、かなりの刺激を受けました。おかげで、中学の成績はさんざんなものでしたが・・・。
さて、
理科系を目指す人間は自然の秩序やものの原理を統一的に理解することに何らかの喜びを感じるセンスを備えていることと思います。論理的に思考しそこから導き出されるものを煮詰めてゆくことが哲学であり、哲学は全ての自然科学の基礎となっています。
大学の新入生からよく受ける質問の一つに、「大学で専門の勉強ができると思ったのに、1年生は教養教育の割合が多くて想定外だった」というのがあります。
確かに大学ではかなり専門性の高い教育を行いますが、初年度はほとんど一般教養を学びます。大学後半で学ぶ専門教育の概念はただ単に基礎科目の発展を学ぶのではなく学生諸君の予想を超えたものであり、それを身に着けるためには深い教養教育が必要なのです。
たとえば、専門学校で自動車の整備や美容などを学べば卒業してすぐにその職につくことができるかもしれませんが、その学んだ職以外につくことはできません。大学で教える専門教育はこのような単なる職業訓練ではなく、深く専門を学ぶことにより学んだ専門を超えた未知の分野を切り開く解決力を身に着けることにあります。
したがって、大学で深く専門を極めたものは専門以外の様々な分野で活躍することができるのです。
大学院で研究をまとめると、博士号を授与されます。化学で学位をとっても、数学で学位をとっても英語では「Ph., D. 」という学位が与えられます。これはDoctor of Phylosophyすなわち、哲学博士ということです。
化学の研究では、新しい合成法を見出したり、優れた機能をもつ材料を開発する研究を行いますが、これらの「研究」は従来知られている技術の延長線上で実験をおこなうのではなく、「研究」によって「新しい概念」を生み出すことです。その概念を築くことが、新しい哲学であり、Ph.,D.に値するということなのです。
したがって、従来知られていた方法で新しい材料を生み出してもそれは単なる技術の改良でしかなく、これまの材料になかった機能や方法論を生み出すことが化学研究としては重要です。大学の教養課程で広い教養を身に着けることは将来専門課程に進んだ際に研究を深く掘り下げ発展させる強力な武器となります。
私が同書を読んでカントの哲学を正しく理解したかというと甚だ疑問ですが、カントの哲学というものに触れ、それを参考にしながら自分自身の考え方を築き上げるには大いに役立ったと思います。同書が単なる理屈だけの書であったならば今日まで私の記憶に残らなかったかもしれません。しかし、深く内なる理性を極めてゆく中で遠く宇宙の果てまで心を馳せていたカントの言葉は印象深く、40年を経た今日でも記憶にとどまっています。
「それを思うこと頻々にしてかつ長ければ長いほど、常に新たにして増しきたる感慨と崇敬の念をもっても心を満たすものが二つある。わが上なる星燦らめく夜空と、わが内なる道徳律である。」(カント)
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