書評 畑村洋太郎著 講談社文庫版「失敗学のすすめ」(江頭教授)
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この「失敗学のすすめ」は東大名誉教授で機械工学が専門の畑村洋太郎博士がその豊富な経験から「失敗」を中心とした多面的な考察を述べた本です。失敗を単にネガティブなものと見なすのではなく、失敗のプラス面、失敗を活かすこと、に注目している点が特徴的で、失敗経験を利用した教育や技術の伝承についても述べています。
小さな失敗が個人にとって学習の良い機会である様に、人類全体の知識を増やし、新しい技術の確立のきっかけと成る様な本質的な失敗、その意味で「良い失敗」もあるとし、その具体例として本書の第1章で三つの事故を紹介しています。
一つは自励振動によるタコマ橋の崩落。二つ目は金属疲労によるコメット機の墜落。三つ目は脆性破壊によるリバティー船の沈没です。新しい現象の発見とそれを巧く扱う技術の開発へとつながったこれらの事件を畑村教授は「未知への遭遇」と呼んで他の失敗と区別しています。畑村教授は機械工学の専門家なのでこの3件を選択したたわけですが応用化学の分野で考えれば「オッパウ大爆発」はまさに「未知への遭遇」の事例だと思います。(ここは「未知との遭遇」と言いたい所ですが...)
さて、本書は最初、2000年11月に単行本として出版されました。私は、当時の単行本版を読んで感銘を受けたことを記憶しているのですが、今回読み直してみて「あれっ?」と思うところもありました。
本書の前半部分、いろいろな失敗についての紹介と著者自身の失敗談、それを利用した授業の紹介、失敗の分類や失敗情報の伝わり方の考察などを具体例に則して紹介している部分には非常に説得力がありました。自分ならどうしよう、これは自分もやってみよう、などと思わせる事例やアイデアにもあふれています。
ただ、後半に行くにつれて、組織論や日本の文化論のような大きな話になるにつれて、だんだん実感のうすい、ふわふわした議論になってゆきます。例えば第八章「必要な失敗情報は最大3百個」と述べている部分。膨大な情報をただ集めてもダメで、知識として整理し、扱いやすい数にまとめるべきだ、という主張は分かります。ただ、扱いやすい数の具体的な数値はなぜ300と決まるのか、どんな調査の結果なのか、読者は当然疑問をもつと思います。本書の答えは「一流の落語家の持ちネタの数」だとか。発想の起点としては面白いのですが、これが実証を伴っているのか、本書の記述では判然としません。
本書が書かれて既に15年です。「西欧に追いつけ追い越せでやってきた日本」を反省する、といったトーンで書かれた部分もあり、確かに古くなっていると思います。ただ、それでも畑村教授の実体験に根ざした部分には貴重な考察が含まれています。私は本書の前半第3章までの「失敗学のすすめ」を、おすすめします。
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