化学実験で測定精度は何桁必要か(江頭教授)
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応用化学科の学生実験、「工学基礎実験Ⅰ(C)」についてはいままでこのブログでも紹介してきました(その1、その2、その3、その4、その5、その6、その7、その8、番外編)。
この実験では、最初にイントロダクションとして測定精度についての実験を行っています(内容はこちら)。先日、そのレポートを見せてもらったのですが、とても面白い感想を書いてくれた人がいました。
その学生さんは「化学という学問の長い歴史を考えれば100桁位の測定精度の実験ができていて当然だ」と言うのです。これに対する採点者の須磨岡先生のコメントは「そんな精度が必要か、考えてみてください」でした。
と、いう訳で本日のお題「化学実験の測定精度は何桁必要か」について考えてみましょう。
普通に考えると「ケースバイケースです。」で終わってしまうのですが100桁という大胆な言葉に敬意を表してこちらも大風呂敷を広げてみましょう。
想像しうる限り最大の精度が求められる実験ですから、扱う物質量は「宇宙の全質量」がふさわしいですよね。精度も極限を追求しましょう。水素原子1個まで正確に量ることにします。
まず、宇宙の総質量から。「Mass of the Universe」というWeb上のエッセイをみると宇宙の質量にも諸説あり、1050~1060 kg とされている様です。(アインシュタインの「宇宙と人間の馬鹿さ加減は無限大」というのは除いて...。)
一番納得し易いのは星の密度から求めた1050 kgの値ですが、ここは最大値の見積もりが目的なので、大きい方を取って1060 の桁の値、1.6×1060 kg としてみましょう。
水素原子一個の重さは 1g をアボガドロ数で割った数字になります。1.66×10-24 g。単位に注意して 1.66×10-27 kg です。
宇宙の全質量を測定したとき、水素原子一個分の質量を量り間違えたとすると誤差は
1.66×10-27 kg ÷1.6×1060 kg = 1.0×10-87
となります。つまり、「化学の実験に必要な測定精度は最大でも87桁」ということになります。
学生さんは気軽に100桁という言葉を使ったのかも知れませんが、こうして考えてみると100桁という精度の途方もなさがよくわかると思います。実験で精度を一桁上げようとすれば、それこそ「桁違い」の労力が必要になる訳で、それを100回ですからね。
さて、以上は質量に関する精度でした。ちなみに時間に関する精度については山下教授の記事に有るように最大が宇宙の寿命137億年(=1018秒)、光化学反応で電子が励起される時間が10-15秒なので、必要な最大の精度は33桁。これも100桁には遠く及びません。
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