キラリと輝くキラリティー(山下教授)
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前稿「生命の起源の謎を解き明かす不斉誘起反応(山下教授)」では、分子のキラリティー(不斉)と生命の起源の謎についてご紹介しました。
分子のキラリティーを測る手法の一つは旋光度という測定で、その名のとおり、物質に偏光を入射させ物質を透過する間に偏光面が回転する角度を測定します。分子の構造と光は密接にかかわっており、光で分子を反応させることも、分子で光を制御することもできます。
キラリティーは分子の不斉に基づくものなので医薬や香料、化粧品などの生理活性物質の分野でよく研究対象とされていますが、最近では光情報記録や光情報制御などのICT分野で分子のキラリティーが活躍しています。家庭でのインターネット接続も従来のような電気の回線から光ケーブルに変わってきています。従来の電気信号による通信では多くの情報を送るために信号の周波数を高くしなければなりませんが、電気の周波数が最大でGHzであるのに対し、赤外線は100THzもあり、数十万倍ものデータを処理できる能力があります。(GHzやTHzの単位については前稿「It’s a small world ~桁を表す接頭語(山下教授)」 を参照)。
光で情報を記録したり演算を行う上で、材料の色を情報として記録するというアイデアがあります。しかし材料の色を見るということは材料がいくらかの光を吸収しているということを意味するので、その過程で材料が変化したり光が減衰することが避けられません。一方、先に述べたキラリティーを情報とした場合、光の吸収は起こることなく光の偏光面が回転するだけなので非常に高効率な光情報処理ができるわけです。
では、光の偏光面の回転はどのようにして観察できるでしょうか?ここでディズニーランド等で見ることができる3D映画を思い出してください。
3Dの画像を見るためには専用のメガネをかけます。このメガネはレンズの部分が偏光子になっており、右目は縦方向に振動する光を通し、左目は横方向に振動する光を通すようになっています。スクリーンには右目で見るべき画像は縦偏光で映写し、左目で見るべき画像は横偏光で映写するわけです。
(昔の3Dメガネは緑と赤のフィルムが張ってあるメガネでした。これは赤と緑が補色であるため赤と緑の光を右目、左目で選択的に見ることができるという仕組みです。ただしこれではフルカラーでみることはできませんし、色彩感覚もちょっと変に感じます。これが光の吸収を利用した3D方式であり、偏光方式にくらべずいぶんと見劣りすることがわかります。)
さて、このような原理が分かったのち、化学者はどのような構造をもつ分子がそのような特性を発揮するか「分子を設計し」、そのような分子を「実際に合成」しなければなりません。つまり、優れた機能分子を開発するには単に要求された分子を合成するだけではなく、どのような分子を合成すればよいのか分子を設計する能力が化学者として非常に重要になります。
前述の例は光エレクトロニクスのようなちょっと難しい内容でしたが、溶解度が高い分子、電気を通しやすい分子、動きやすい分子、強度が大きい分子・・・などなど、さまざまな分野で最先端の技術を実現するために分子に求められる性能が提起され、化学者はそれを分子の構造に翻訳しなければならないのです。
さてさて、我々の研究室では分子の不斉を自在に制御できる材料を開発しました。この分子に光をあてると分子構造が変化し分子のキラリティーが変化します。分子のキラリティーの変化に伴い、この分子を通過する光の回転も変化するわけです。我々のグループでこの材料を開発した当初は優れた機能をもつ材料でありながら耐久性が低いことが問題になりました。そこでこのテーマを引き継いだ学生は卒業研究の1年間で図に示す分子を合成し、従来の分子の100万倍以上の耐久性があることを証明し、フランスで開かれた国際会議で発表を行いました。
化学の楽しさは、分子を作る楽しみ、分子を知る楽しみに加え、分子を自在に設計するというわくわくする喜びが満ち溢れています。
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