ゴジラと高分子材料(山下教授)
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高分子は単純な構造をしたモノマーが繰り返しつながった構造をしており、高分子らしさが発揮されるためにはその分子量を十分大きくしなければりませんが、重合度の高い高分子を作ることは化学反応として非常に難しいことを前稿(高分子の分子量ってどのくらい?(山下教授) )で説明しました。
高分子材料は軽くしなやかで、成形加工が容易で、また、容易に分解しないために材料として優れており、それゆえに我々の生活に欠かせない材料となっています。ところが、その特徴の最後に述べた「容易に分解しない」という特性は「サステイナブル」の観点からは非常に問題なのです。即ち壊れたり、使われなくなった高分子材料をごみ処理場に廃棄しても分解しないためどんどん高分子のごみが蓄積してしまうからです。また、多くの高分子は石油からできているため、石油から高分子を作り、最後は燃やして廃棄するというサイクルを経ていては「サステイナブル」にはなりえません。
そこで、既存の高分子を分解し原料のモノマーに戻す技術がこれからのサステイナブル社会では重要になります。
モノマーをたくさんつなげて高分子を作る反応を「重合」と呼びますが、高分子をバラバラに分解してモノマーに戻す反応は「解重合」とよびます。高分子の解重合は、高分子の発明直後からよく知られた現象でした。ポリスチレンなどのビニルモノマーを重合すると発熱的にモノマーが結合する重合反応と、熱的にポリマーが分解する解重合反応がつり合い見かけ上重合反応が進行しなくなる温度(天井温度)があることが高分子重合の初歩の教科書でも記述されています。
この解重合性を積極的に制御することにより、刺激により壊れるポリマーを開発する研究が近年精力的に進められています。材料として利用したのちにはモノマーまで戻し、またあたらに重合して純粋なポリマーを作ることができればサステイナブルな技術とすることが可能です。
また、そればかりではなく、解重合性をもつポリマーをコーティングした基板に光などの刺激を与えることにより任意の場所のみを分解できれば、複雑な3Dパターンを作る新しい構造形成技術となるとも期待できます。
20数年前になりますが、このようなアイデアで当時の高分子の若手研究者が集まり討論を行ったことがあります。当時は現在とは異なり学会に出かけるにも十分な旅費がないような時代だったのですが、とにかく研究のアイデアをディスカッションし新しい高分子化学の学問を切り拓きたいとの情熱に満ちており、手弁当(学会から旅費の補助などを得ず、自費で行うという意味)で若手研究者が集まり、ほとんど徹夜で延々と議論を行いました。
その席上、今では高分子研究の大御所となっているN先生の発表資料には、「高分子の解重合性」と書くべきところ、ワープロの変換ミスで「高分子の怪獣合成」と書かれており、一同大爆笑となりました。変換ミスは仕方ないとしても、出席者の脳裏には一様に、ゴジラがチョコンと座りながらフラスコ片手に高分子の合成を行っている姿が連想され、それが妙にその場の雰囲気にぴったりとはまっていると感じたからでした。それも、常に明るくポジティブで多くの人から信頼されているN先生のお人柄のせいかもしれません。
本学の研究棟もよく海外の大学と間違われるほどの洒落た立派な建物で、何年か前にはゴジラの映画に地球防衛軍の基地として登場したことがあるそうです。今、私は研究室からその建物を眺めながら「解重合性」の研究を進めています。ふと、研究棟の裏にゴジラがチョコンと座って不器用そうに実験している姿が見えたような気がしました。
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