書評 宮田 親平著「毒ガス開発の父ハーバー 愛国心を裏切られた科学者」(江頭教授)
| 固定リンク 投稿者: tut_staff
いろいろな場で学生さんによく質問するお題です。
「人類最大の発明は何?」
いろいろな答えが返ってきますが、こと化学に関する発明で私が人類最大の発明だと思うものはハーバーとボッシュによる「空中窒素固定技術」です。現在、地球に70億人以上の人間が暮らしている、ということそれ自体がハーバーボッシュによるこの発明によって大量の窒素肥料が合成され、充分な量の食料が生産されたことによっている、数十億人の命を支えているこの技術こそ、最大の発明だ、と考えるている訳です。
さて、この偉大な発明をおこなった人物、フリッツ・ハーバーについて知りたいと思って見つけたのが本書です。タイトルにあるように「毒ガス開発」に力点が置かれていて、かなり意外な感じがします。
もちろん、空中窒素固定技術に関する記述もあり、興味深い内容でした。特に、空中窒素固定技術が硝酸の作成から爆薬の製造にも利用できたことから、この発明が実は軍事技術として開発されたのではないか、という説に関しては、当時の科学技術と軍事との関係に基づいて明確に否定されていた点は印象的です。
当時のドイツの軍部は科学技術を戦争に応用する、という発想を欠いていた、というか第一次大戦における毒ガスの開発こそが、そのような科学技術の軍事利用の始まりなのであって、第一次大戦前の空中窒素固定技術の開発当時にはその発想はなかった、というのです。
ハーバーボッシュ法による空中窒素固定の実用化、工業化という課題の難しさと、毒ガスの開発とその実戦投入という課題の難しさには確かに類似する部分があるのでしょう。本書からは、ハーバーという人物の能力、そしてそのハーバーの、協力者達を巻き込んで組織化してゆく能力がどちらの課題に対しても大きな役割を果たしたことが伺えます。その成果の一方は現在の社会を支える基礎技術となり、もう一方は現在の社会を脅かす存在になった。
空中窒素固定の開発が偉大であるのはその影響の性質と大きさの故であり、その困難さの故ではない、考えてみれば当たり前ですがそんな事を想いながら本書を読了しました。
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