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推薦図書 ラピエール、モロ著 長谷泰訳「ボパール午前零時五分(上、下)」 河出書房新社(2002) (片桐教授)

| 投稿者: tut_staff

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 少し古い本であるが、化学物質を取り扱うみなさんにぜひ読んでおいてほしい。

 化学の安全を学んだことのある者は「ボパール」という地名を聞いて、すぐに「ボパールの悲劇」と呼ばれる化学産業上最大の犠牲者を出してしまった事故を思い浮かべるであろう。

 ボパールの悲劇とは、1984年12月に起こったインドのほぼ真ん中にあるボパールという町の殺虫剤の原料をつくっていた工場からメチルイソシアネートの漏洩が起こり、工場の周囲の住民が多数亡くなった(数千人が即死し、最終的に2万人が亡くなったとされている)事故である。

 この本は、ノンフィクションの形でこの事故の経過を詳細にまとめている。

 メチルイソシアネートは少量でもきわめて有害な試薬である。私自身、この試薬を用いた合成実験中に、ゴーグルのずれを直そうと、作業をしていた手袋を顔に近づけただけで目に激烈な痛みを受け、目が開けられなくなり、数十分間失明状態に陥った。危ない試薬であることを承知していたので、実験中には補助実験者を側に待機させていたために、洗眼などの初期治療を速やかに行うことができたため、失明には至らなかった。あのときの激烈な痛みを思い出すと、40tものメチルイソシアネートに襲われた被害者の苦しみはいかばかりであったろうかと、恐怖する。

 事故分析の三大要素、人間、設備、環境にわけて、この事故を解析してみる。

 まず人間。この事故の原因は洗浄後のタンクの排水を怠ったケアレスミスであったとされている。 ケアレスミスは恐ろしい。大きな事故の多くは小さなケアレスミスが引き金になっている。我々はケアレスミスに細心の注意を払わねばならない。試験においてもケアレスミスは命(単位)とりになりかねない。解答用紙返却時にへらへらしながら「ケアレスミスです、大目に見てくださいい」などと言われると、腹立たしく感じる。

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 設備にも問題があった。ボパールの工場の幾重にも張り巡らされていた安全装置はメンテされず、朽ち、使い物にならなくなっていたそうである。どんなに優れた安全装置も維持されなければ、むしろそれを過信した事故につながる。

 このタンクや設備周りの安全装置は不備であったとされている。もしは禁句なのだが、もしこれらの安全設備がすべて完動していれば、被害はもっと小さなものになっていただろう。

 そして、環境、特に被害者たちは工場側の窪地に出来上がったスラム街の住人であった。無秩序に乱立した家々から、目に障害を負ってしまった人たちは避難することもできなかっただろう。

 我々の生活を守る殺虫剤を造る工場を原因とした事故で、多くの人が亡くなるとはやりきれない。せめてこの事故を教訓にし、同じ過ちを繰り返さないのが我々の責務である。この事故の詳細を学ぶことを化学の学生諸氏に求める。

 なお、ケイシー「事故はこうして始まった!ヒューマンエラーの恐怖」化学同人(1995)をあわせて読まれると、多面的にこの事故の本質に迫れると思う。

片桐 利真

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