ハーバーとボッシュ、偉いのはどっち?(江頭教授)
| 固定リンク 投稿者: tut_staff
以前、山下教授から紹介があった「サステイナブル化学概論」の授業、その評価の一部として各教員がレポート課題を出すことになりました。
私が出した課題が表題の「ハーバーとボッシュ、偉いのはどっち?」です。実際はもう少しちゃんとした文章になっていて、「どちらの業績を評価するか、君自身の考えを述べよ」となっていますが、まあ大意は「どっちが偉い」もっと言うと「どっちが好きか」です。
えっ!ハーバーとボッシュで誰だって?もちろん、空気中の窒素からアンモニアを合成する技術、ハーバーボッシュ法の開発者として名前を連ねている二人の人物、フリッツ ハーバーとカール ボッシュの二人のことです。(ハーバー ボッシュという一人の人物がいる訳ではありませんよ。ハーバーについては以前、このブログでも紹介しています。)
このハーバーボッシュ法は高校の化学の教科書にもでてくる有名なプロセスです。平衡状態でアンモニアの生成に有利になる条件、高圧、低温の下で触媒を用いることで有意な生成速度を得る、という点がこのプロセスの基本、と紹介されています。
この見方からすればハーバーボッシュ法はほとんどすべてハーバーの業績、とみることができます。(実は未反応の原料を分離して反応器へリサイクルする、というプロセスフロー上のアイデアもハーバーの提案に含まれていた、ということです。)
では、なぜ空中窒素固定法はハーバー法ではなくてハーバーボッシュ法なのでしょうか?
ハーバーの提案にしたがってアンモニアを合成するには高圧(200気圧程度)で水素を反応させる必要があります。ハーバーは小さな実験装置によるデモンストレーションでこれを実現してみせましたが、このプロセスを大規模に実用化するには当時大きな困難があったのです。
有名なのは、高圧の水素によって鋼鉄の素材がもろくなってしまう現象、水素脆性の問題です。通常用いられている鋼材の鉄には炭素が溶け込んでいるのですが、これが水素によって脱離させられ、代わりに水素が溶け込んだ鋼材は簡単に破損してしまいます。(つまり反応器が爆発する、ということです。)短い時間のデモ実験は可能でも実用的なプロセスとして稼働させ、あまつさえ利益を得よう、と考えればこの問題は深刻です。
ボッシュのこの問題に対する解答は、軟鉄と鋼鉄の二重に重ね合わせた反応炉でした。(写真はこの反応炉の外観です。)高圧の水素と接触する内側には軟鉄(炭素を含まない鉄)を使うことで水素による炭素の脱離を防ぎ、強度自体は外側の鋼鉄で維持する、という優れた発想に基づく問題の解決でした。
ハーバー ボッシュ法の実用化までにボッシュが遭遇した困難は多大なものがあります。それらをすべて解決し、実際に空中窒素固定で大量のアンモニアを合成、広範囲に販売することで世界を変えた、その点がボッシュの評価される部分なのです。
さて、最初に戻って「ハーバーとボッシュ、偉いのはどっち」なのでしょうか。
ハーバーはアンモニア合成の方法の基本的なアイデアを小さなスケールで実証してみせました。いわゆる、技術のシーズを提供したと言えます。ボッシュはこれをスケールアップして実際の化学工場をつくりました。そうです、ハーバーの仕事は応用化学の、ボッシュの仕事は化学工学のすばらしい具体例になっているのです。ですから、この質問は「応用化学と化学工学、偉いのはどっち」と言い換えてもよいでしょう。
実際の世の中ではどちらも必要なので「両方偉い」が模範解答なのでしょう。でも、これは一般的な答えです。学生諸君には自分の主観を大切にして欲しいところですね。
「授業・学生生活」カテゴリの記事
- 研究室配属決定(江頭教授)(2019.03.18)
- Moodleアップグレード、など(江頭教授)(2019.03.14)
- 大学院のすすめ 番外編 「学位って何だろう」(片桐教授)(2019.03.05)
- ハーバーとボッシュ、偉いのはどっち? 4年目 (江頭教授)(2019.02.22)
- インフルエンザの季節ですね。(パート2)(江頭教授)(2019.02.08)