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コマの回転と電子スピンについて(山下教授)

| 投稿者: tut_staff

Koma

 お正月休みにコマをまわして遊んだ人も多いことと思います。・・・・ ; いや、近頃ではコマ遊びする人を全く見かけなくなりましたが。

 子供の頃はコマが回るのも不思議とは思いませんでしたが、大学で力学を学び、慣性モーメントや歳差運動の力学を知ると、一見複雑な現象が非常に単純な原理で説明され記述できることにあらためて感心させられた記憶があります。化学を学び始めると、そもそも物質とは何か?どうして結合ができるのか?という疑問を解き、分子の合成法を学び、そしてそれを応用して様々な機能材料の開発に進むわけです。このとき、コマで観察した様々な運動が物質を作る電子の特性や、光磁気的性質、光励起状態の挙動など様々な科学に現れてくることにさらに驚きます。

 物質を構成する電子は、我々が通常経験するような古典力学では説明できない挙動を示し、量子力学に基づいて記述されます。電子もコマと同じような歳差運動をすることによってスピンという量子状態をもち、磁性を持つことになります。高校で学んだ運動量保存の法則 - 即ち外部から力が加わらなければその物体の運動状態は変化しない - という原理は全ての物理の基本となっていますが、光励起された分子が化学反応し構造や物性を変化させる過程で、電子のスピンがいとも簡単に変化してしまいます。

 有機化学や物理化学、光化学などを学んでいる間はそれぞれの学問体系を理解するだけで精一杯ですが、様々な学問を学んだ後その知見を総合して振り返ってみると、感覚的に理解していたことが論理的に納得できたり、ある原理原則と実践的な応用例の関連がよく分かるようになるなど、相乗的に理解が深まります。光励起状態の分子の電子スピンが変化し、スピン多重度が変化することは光化学では当たり前のように説明されますが、運動量保存の法則を思い出すとなぜそうなるのか、改めて不思議に感じます。実は、電子のスピンの他に電子軌道が描く回転運動が作るスピンがあり、分子全体で考えるとその両方が保存される必要があるため、電子と軌道のスピンを交換することによって電子スピンは変化できるのです。これをスピンー軌道相互作用と呼び、異方性のある軌道を持つ原子では電子スピンが変化しやすい(重原子効果)やカルボニル化合物でスピン軌道相互作用が大きいこと(n-p*励起)などを統一的に説明し、よく理解できるようになります。またその理解を基にして、増感剤を選ぶときにどのような構造のものがよいかなどの材料設計も分かるようになります。

 子供の頃から身の回りの様々な現象を観察し、不思議に思い、自分なりに理解する経験は、将来、学問を実践的に理解し応用する上でも大いに役立つと思います。

山下 俊

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