コーヒーの香りと科学論文について (その2)(山下教授)
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前稿でコーヒーの話をしたのには理由があります。
最近見たテレビ番組で、「コーヒーが長寿命化に効果がある」という話題が取り上げられていました。実際に学術的な研究を行った結果、1日にコーヒーを飲む回数と脳梗塞の発症の割合には明確に相関があると紹介されました。そのとき、ゲストの一人から「このデータから、コーヒー自体が健康にいいといえるのか、健康で余裕がある人だからコーヒーを飲んでいられるのか、どうなのでしょうか?」というような趣旨の発言がありました。
即ち、コーヒーの摂取量と健康に明らかな相関があるのは実験的な事実としても、単にそのデータだけからすぐにはコーヒーが健康によいと結論付けることはできないということです。他の様々なデータを総合するとコーヒーの効果が議論できるのですが、その詳細は専門の研究者にお任せするとして、本稿ではこのような実験事実から結論を導き出すことについて述べたいと思います。
自然科学では、ある現象を発見したとき、そこから様々に条件を変えた結果を観察し、結果発現に至るメカニズムを見出そうとします。例えば、化学の分野ではベンゼン環に置換基がついたとき、その置換基がベンゼン環に対して電子を供与するか、電子を求引するかでベンゼン環の反応性を議論することがよくあります。
もし、ある化合物のベンゼン環に電子求引性基をつけたところその化合物の反応性が非常に高くなったとしたら、「その化合物に対して電子密度を下げると反応性が向上する」と結論づけてよいのでしょうか?その化合物の反応性が高くなったのは実験的事実ですが、その原理は電子密度の変化かもしれませんし、あるいは置換基を導入したことによる溶解度の変化や置換基と反応試薬との相互作用に由来しているかもしれません。短絡的に結論を導いたために間違った結論となった例が化学の世界でも少なからずあります。
このような観点から私は常々、学生が研究論文や学生実験のレポートを書く際に実験事実から「論理的に」結論を導き出す際に客観的かつ論理的に考察しなければならないことを説明してきました。
科学者は、まず、実験によって観察した事実を説明する様々な可能性(仮説)を自分自身で列挙し、次にその一つ一つについて、もしそれが事実ならこうなるはずだという検証を自ら行います。場合によっては検証の過程でさらなる仮説が必要になるかもしれませんが、事実に矛盾する考察を一つ一つ消去するという多くのプロセスを経て最終的な結論を出さなければなりません。「論理的考察」「批判的思考」ができるようになるにはかなりの時間と経験を要します。そのような思いの中でたまたま上記の番組を目にし、大変興味深く思いました。
さて、最後に、
「交通事故で死亡した人のうち7割の人はシートベルトをしていなかった」と聞いたら、貴方はシートベルトをしようと思いますか?
直感的には死亡者の中のシートベルトをしていない割合が大きいので、シートベルトをしたほうが安全であると考えます。ところが、もし、「社会全体でシートベルトをしている人の割合は0.1%である」という別のデータがあったとしたらどうでしょうか?通常シートベルトをしている人は0.1%しかいないのに、事故による死亡者ではシートベルトをしている割合が30%にも達するということは、シートベルトをすることは死亡リスクを増やすと考えられます。短絡的に結論付けることはできません。
身の回りには意図的かどうかを問わず多くの「説」が流布していますが、その真偽を見抜く思考力を身に着けること、また、自分自身が正しく論理的な考察ができることが大変重要です。
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