講義 「有機化学1」 第15回目の講義から 有機化学の目指すもの(片桐教授)
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このシリーズでは、片桐の担当している有機化学1の講義のポイントを読み物にして、解説して行きます。
さて,有機化学1もいよいよ最終回です。今回のブログはこの講義をとおして片桐の伝えたかったことをお話しします。
初回の講義でお話ししたように、有機化学は科学の三論(理論、各論、方法論)の中の各論に相当します。その守備範囲は有機化合物全般になります。
有機化合物はその結合のつながり方やその立体配置などにより、文字通り数えきれないほどの集団を形成しています。これらの化合物の作り方や性質(物性)あるいは反応(反応性)などをすべて調べて、記録できればそれにこしたことはないのでしょう。しかし、それは不可能なことです。そして、このようなアプローチは新規な化合物についての「予見性」を持ちません。
分子構造解析手段の進歩により、その分子の持つ構造の類似性(Similarity)から分類し、整理する博物学的にアプローチできるようになりました。その際に、「このような官能基を持つのだからこのような性質を持つだろう」、というような定性的な仮説を立てることが可能になりました。さらにエネルギーという尺度を導入することによりこの分類は定量化されるようになりました。これにより分子の物性を予測することもある程度可能になり、さらに求める性質や機能を持つ有機分子を設計することも可能になりつつあります。
反応についても、19世紀までの反応資剤と生成物の関係を元にした博物学的な取り扱いから、反応中間体や遷移状態を仮定すること=反応機構の仮定により、類似性による整理とそのエネルギー的な理解は飛躍的に進み、それを元にした新しい反応開発の指針も与えられるようになりました。これは生成物の構造を元にしたオリジナルのMarkovnikov則が中間体の安定性を元にするmodern Markovnikov則へと進化した話からも理解できると思います。
しかし、このような仮説は日々改訂されています。
その一例が講義でもご紹介した、ねじれ配座のエネルギー的安定化の理由が立体的な問題ではなく軌道相互作用によるという修正です。これはこの21世紀に入ってから提唱されました。
我々は神ではないので、我々の立てた仮説(理論)が「真理」であるかどうかについて、永久に知ることはできません。そのような仮説や理論はそれを覆す1つの事実により棄却されてしまいます。現在までに生き残っている仮説や理論は、これまでの多くの検証に耐え生き残ってきたから、今のところ一番もっともらしい、真理に近いと考えられるものです。このような仮説や理論は実験事実を元に微調整され、徐々に真理に近づいてくのでしょう。その意味で、我々は「全知」を目指しています。そして、その理論が正しいということを仮定して、我々はいろいろなことができるようになりました。その意味で我々は「全能」を目指しています。
そのような人類の知恵の全知化、人類の能力の全能化の検証の舞台として、有機化学は日々研究されているのだと,片桐個人は思っています。
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