水酸化ナトリウムの製造プロセス(前編)(江頭教授)
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今回は化学物質の製造プロセスの例として水酸化ナトリウム製造の歴史について紹介しましょう。このプロセスは紆余曲折を経て非常に効率の高いプロセスが完成したのですが、その歴史はサステイナブル工学、とくにサステイナブル化学について考える時、示唆深い事例であると思っています。
工業用に利用される水酸化ナトリウム(NaOH)は伝統的にか性ソーダ(苛性曹達)と呼ばれている。代表的な強アルカリの化学物質で、そのままの形で消費されることはないが、石けんの製造やパルプの溶解、上下水道や各種産業の排水処理など幅広い領域で使用される。
ソーダ工業では食塩(NaCl)からか性ソーダ(NaOH、水酸化ナトリウム)をつくっている。
電気分解法ではか性ソーダとともに塩素ガス(Cl2)と水素ガス(H2)が副生成物として生じる。水素ガスの生成量は少ないが、塩素ガスはか性ソーダと同程度の重量で生成する。塩素ガスは毒性の高い危険な物質であるが、上下水道での殺菌に用いられている他、次亜塩素酸などの漂白剤、塩化ビニル樹脂などプラスチックの原料にも利用される有用性の高い物質である。
さて、食塩水を電気分解すれば陽極側では塩化物イオンCl-から塩素ガスが発生する。塩素ガスは気体として容易に分離・収集できる。一方、陰極側ではナトリウムイオンNa+が還元されるが、水中では金属ナトリウムのまま存在することができず、水と反応して水酸化ナトリウム(か性ソーダ)となり、同時に水素ガスを発生させる。
水素ガスも簡単に分離できるが、か性ソーダは水溶液となっていて原料であるNaClと分離することが難しい、という問題がある。NaClの電気分解を効率的に行い、高純度のか性ソーダを回収するためには何らかの技術が必要となる。
二つの方法が用いられていた。一つは隔膜法とよばれる技術であり、陰極と陽極の間を水が透過できる膜(石綿=アスベストで作られていた)で区分するもので、陽極側に食塩水を入れて電気分解を行う。隔膜の陽極側では塩化物イオンが塩素ガスとなって電解槽の外に放出され、同時にナトリウムイオンが陰極側にしみ出して陰極側にか性ソーダが濃縮される。ただし隔膜には特に分離機能はないため塩化物イオンが陰極側にしみ出してしまう。このため、陰極側の電解液にはか性ソーダが濃縮されるものの、なお大量の食塩を含むため、水を蒸発させて濃縮し、食塩を沈殿させて純度を向上させる。それでも最終的な製品に食塩が残留することになる。
もう一つの方法は水銀を陰極とする手法で水銀法と呼ばれている。水銀電極で還元されたナトリウムは水銀との合金(ナトリウムアマルガム)を生じる。ナトリウムアマルガムを電解槽から取り出し、加水分解して水酸化ナトリウムと水素を得る、水銀は再び電解槽へと送られる。水銀法は水を蒸発させる必要もなく、純度の高い水酸化ナトリウムが得られる優れた技術である。
日本でのか性ソーダの生産は1966年には全てが電気分解法によるものとなった。1949年頃までは隔膜法と水銀法、どちらの手法も用いられていたが、先に述べた優れた特性によって、次第に水銀法が主流となっていった。
食塩の電気分解でNaOHが作られる、という話は高校でも化学の授業で学習することです。もしかしたらその際に工業的に利用されているのは「イオン交換膜法」だ、と紹介されていたかもしれません。しかし、今から50年前、1966年の時点ではイオン交換膜法はまだ実用化されておらず、水銀法が主流だったのです。その後、水銀法に何があったのか。これは後編で紹介したいと思います。
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