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水酸化ナトリウムの製造プロセス(後編)(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 前回の記事に引き続いて水酸化ナトリウムの製造の歴史についてです。電気分解による水酸化ナトリウムの製造は50年ほど前に水銀法が広がったことで一応の完成を見たのですが、その後の展開について紹介しましょう。この歴史はサステイナブル工学、とくにサステイナブル化学について考える時、示唆深い事例であると思っています。

 1956年の水俣病の発見から始まったメチル水銀による中毒事件を契機として1973年には水銀法からの転換が求められることとなった。その後、一時は旧来の隔膜法も用いられたが、隔膜法を改良したイオン交換膜法が新たに開発され、現在、国内の全てのプラントではこのイオン交換膜法が用いられている。

 イオン交換膜法は隔膜法と類似した手法であるがアスベストの隔膜の代わりにイオン交換膜が用いられている。イオン交換膜には陰イオン基が結合していて負に帯電しているので陰イオン(この場合は塩化物イオン)は通過できない。隔膜の陽極側に食塩を入れると陽イオンであるナトリウムイオンのみがイオン交換膜を通過して陰極側に移動して純粋な水酸化ナトリウムを得ることができる。この手法は当初から従来の隔膜法を凌駕し、水銀法なみのエネルギー効率を達成していたが、イオン交換膜の分離性能と耐久性の向上によって、やがて水銀法以上のエネルギー効率を達成することとなった。

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 ここで、ソーダの製造技術の歴史を振り返ってみよう。当初は原料としての炭酸カルシウム、副生成物としての塩化カルシウムを発生させるプロセスであったものが、食塩と水という安価な原料から苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)に加えて塩素ガス、水素ガスという有用な副生物が得られる電気分解のプロセスに発展した。さらに電気分解の方法も隔膜法から水銀法へ、そして水俣病という外部的な要因の影響をうけて、新たなイオン交換膜法が開発され、イオン交換膜の進歩にしたがってより高効率なプロセスが実現している。製品が同じでも、よりsustainableに近い製造プロセスを実現することは化学におけるサステイナブル工学の重要な実践の一つであり、よりよいイオン交換膜という材料の開発がその原動力となっているのである。

 サステイナブル化学の一分野として「サステイナブルな物質製造プロセスの開発」があるとすれば、水酸化ナトリウムの製造プロセスの歴史は紆余曲折を経ながらよりサステイナブルに近い製造プロセスに到達する歴史であると言えます。イオン交換膜法の実用化の場合、進歩のきっかけは濡れ衣に等しい水銀問題でしたが、サステイナブルに近いプロセスをより主体的に実現して行くことは考えられないでしょうか。次回はこの方向でのサステイナブル化学について紹介したいと思います。

江頭 靖幸

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