「水銀法」はそんなに危険だったのか?(江頭教授)
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「サステイナブルじゃない!」といわれてフロン君は不満そうです。
不満なのはフロン君だけじゃない、ということで今回は破棄された水酸化ナトリウムの生産技術、「水銀法」の弁明も聞いてみたいと思います。
「水銀法」が破棄された理由は水俣病です。水俣病の実体が「有機水銀」(メチル水銀のことです)による重金属中毒であったことから、水銀の使用についての危惧がひろがり、それを契機として「水銀法」はイオン交換膜法に切り換えられました。でも水銀を使用している、というだけで危険なのでしょうか?
そもそも、水俣病の原因物質はメチル水銀であって「水銀法」で使用されていた水銀、アマルガム(合金)としての水銀とは性質が違います。メチル水銀は油に溶けやすく生物の脂肪に蓄積して生物濃縮し、魚を通して人体に入ったと考えられていますが、金属の水銀で同じような現象が起こるとは考えにくいことです。
なるほど、自然界でバクテリアの作用によって金属の水銀からメチル水銀が作られる可能性はありますが、それを言うなら蛍光灯や体温計に入っている(そうです。当時は入っていたのです)水銀はどうなでしょうか?
そもそも、「水銀法」で使用されている水銀はリサイクルされていて、環境に放出される量は多くはありません。図は環境省が作成した「水俣病の教訓と日本の水銀対策」という冊子から取ったものです。(元のデータは『化学と工業』から)
水酸化ナトリウムを1トン製造する際に環境中に放出される水銀量(図中では需要量となっていますが、水銀は元素なので必要量は環境中に逃げた量と一致します)は昭和48年でも1トンあたり100g程度でした。つまり1molの水銀で5万molの水酸化ナトリウムを作ることができていました。これが6年後には2.3gまで減少。今度は1molの水銀から200万molの水酸化ナトリウムを作ることができるのです。皆さん、「200万回リサイクルできる」ものを思いうかべることができるでしょうか?
「水銀法」に現実的な意味での危険性があったとは考えにくい、私はそう思っています。
実は「水銀法」から「イオン交換膜法」への転換期は私が大学で化学工学を学び始めたころと一致しています。当時の私は根拠薄弱な批判によって「水銀法」からの転換が余儀なくされたことに深い憤りを感じていたことを記憶しています。「水銀法」の安全性をもっと知らせて世間を説得すべきだ、当時の私はそんな風に考えていました。しかし、「イオン交換膜法」への転換は既定路線であり、その方向で数多くの研究が進められていたのです。
その結果がどうなったか、それについては回を改めて説明したいと思います。
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