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オゾン層破壊で赤ちゃんの日光浴が不可能に、ってそんなまさか(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 さいたま市が孫を持つ祖父母の「子育て」ならぬ「孫育て」を支援するためにつくった祖父母手帳、なかでも子育ての昔と今の比較した内容がtwitterで少し評判になっていました。現在の私には全く無縁な内容ですが何気なくその中身を見ていると、赤ちゃんの日光浴は近年推奨されなくなった、そしてその理由を「オゾン層の破壊で紫外線量が増加したことが原因」としているのです。

 オゾン層の破壊は問題ですが、とうとう人々の生活にまで直接影響が出るようになったのか、そう思うと空恐ろしいことです。モントリオール議定書によってオゾン層破壊を食い止められたのが本当にありがたい。では、実際どの程度紫外線量が増加しているのでしょうか。

 図は気象庁のホームページにある「国内の紅斑紫外線量年積算値の経年変化」という図です。

 まず「紅斑紫外線量」という見慣れない用語がありますね。これはおおざっぱに「日焼けのし易さで重みづけした紫外線の量」だと思ってください。図を見る限り紫外線の量はこの25年ほどで確かに大きくなっています。

 でも私にはこれが赤ちゃんが日光浴ができなくなった理由とは思えません。

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 図には札幌、つくば、那覇のデータが示されています。日本の北から南まででどの程度紫外線の量が違うかを示すためにこれらの観測点が選ばれたのでしょう。南北の違いは明白です。札幌の紫外線量が25年で増えたとはいえ、つくばでの値に達したことはありません。つまり25年前のつくばより今の札幌の紫外線の方が少ないのです。もし今の札幌での紫外線量が赤ちゃんが日光浴に不適当なら25年前からつくばでは日光浴をさせてはいけなかったのです。那覇のデータはもっと顕著ですね。

 赤ちゃんの日光浴と紫外線量の関係が本当に考慮されていたとしたら場所だけでなく季節や地方によっても日光浴の可否が変わっていたはずです。紫外線は夏の期間、南で強い。だから秋には北から南にむかって「赤ちゃんの日光浴前線」が移動する様子が天気予報で放送されていたかもしれません。

「秋も深まり、ここ八王子でも赤ちゃんたちの日光浴が解禁されました!」

とかですね。

 冗談はさておき、紫外線は確かに増加していますが、赤ちゃんの日光浴が推奨されなくなった理由は「オゾン層の破壊で紫外線量が増加したことが原因」とは考えられません。「近年、紫外線量が増加した」ことは正しい。「赤ちゃんの日光浴は推奨されなくなった」ことも正しいのでしょう。しかし両者に因果関係があるとするには無理がある、というのが私の意見です。

 さて、実はこの記述にはもう一つ問題があります。先の気象庁の「国内の紅斑紫外線量年積算値の経年変化」の図の説明には

この期間のオゾン全量は、1990年代半ば以降緩やかに増加しています。それにもかかわらず、 紫外線が増加傾向を示すのは、紫外線を散乱・吸収するエーロゾル(大気中の微粒子)の減少や天候の変化(雲量の減少)などが影響している可能性が考えられます。

とあるのです。「オゾン層の破壊で」紫外線が増えた、という記述にも実測データとの整合性がないのです。

 モントリオール議定書によるフロン規制とそれによるオゾン層の保全、それは私たち人間の偉大な成功事例だと私は思っています。それが一般にはあまり知られておらず、市役所がつくる公的な文書にまで根拠の薄い悲観的な記述が何気なく現れてしまう、これは本当に残念なことだと思います。

江頭 靖幸

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