安全へのかかわり方(片桐教授)
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前の大学で片桐は「教員の中で環境・安全・衛生のわかる人」として雑務を押し付け(?)られていました。大学内には環境・安全・衛生の専門家、例えば衛生管理者の事務官だったり、産業医だったり、プラントの安全を専門とする教授であったり、環境を冠する学部までありました。しかし、その中で一人の工学部の准教授、それも安全管理ではなく、実験の安全の講義を担当している教員が環境・安全・衛生の(無資格の)専門家として重用されたのはなぜでしょうか。
以下は個人的な見解ですが、世の中には「環境・安全・衛生の管理者」や「指示者」は多くいるけども、「相談役」「推進者」は少ないのかもしれません。
環境・安全・衛生において3つのEが重要であると言われます。すなわち、Engineering(技術)Education(教育)Enforcement(管理)です。
この管理がくせ者です。環境・安全・衛生の「管理者」は法的な基準をたてに、現場の人間に規則遵守を要求します。多くの場合,現場の人間は「なぜそのように厳しい基準を守らなければならないのか、そこまでしなくても十分安全である」という意識を持ちます。そのような疑問をぶつけられたときに、管理者はその「なぜ」に答えず、法律などの規則をたてに遵守を要求します。これでは管理者と現場は永久に相容れません。管理というスタンスはしばしば対立を生みます。
私が会社員だった頃、職場の安全担当課長は「目の上のたんこぶ」でした。
何か変なにおいをさせたら飛んできて、文句を言う。少し危険な実験を計画したら「やめろ」という。意見がしょっちゅう衝突し、言い合いをしていました。(マーフィの法則で、そんなことをしたから安全の専門家になってしまったのかもしれません。)
大学でも、事務方の「衛生管理者」と教員の衝突はしょっちゅうありました。そのとき、私は「まあまあ」と間に入り、双方の言い分を聞いてなんとか折り合いをつけられないかを(ボランティアで)調整し、おとしどころを提示していました。
管理者の人は、資格をもっていることからみても、その法律の根拠を理解しているのでしょう。しかし、それを説明するよりも、「法律でそう定められています」という方が確かに楽で、反論も出ないから…そうするのでしょう。一方、安全教育は「法律が」とは言ってはいけません。あくまでなぜに答えなければなりません。これがEducation(教育)の重要性ではないかと思います。あくまで私は安全教育から安全に入った人間ですから、管理と現場の仲介役を果たせたのだと思います。
2014年度、私は前の大学の最後のご奉公で、安全衛生推進機構 (Environment Health & Safety Intelligent Department) 設立の仕事をしました。海外ではEH&S Officeと言われる組織ですが、あえて英文名をDepartment=学科とすることで、教育担当者を配する組織にしました。しかし、その担当教授の選考において、「管理」の実力者はたくさんいるけども、管理ではない「推進」のできるひとは世間にほとんどいないことを思い知らされました。特に、大学教授の条件である「博士号」を持つ方は大変レアで貴重です。
しかし、人材がいないことは、そのままチャンスです。環境・安全・衛生の管理を理解した上で、管理ではなく推進をはかれる人材は、今、社会に求められています。そのような人材に求められる能力は、危険に「気がつき、対策できる」ことだけです。その上で学位(とそれに似合う専門能力)を持っていれば、鬼に金棒、引く手あまたです。
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