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「安全工学」の講義 第4回安全の心理から(3) 恒常性バイアス(片桐教授)

| 投稿者: tut_staff

2年生の選択必修の講義「安全工学」の担当の片桐です。

このブログのシリーズでは、安全工学という講義の中でお話しした内容について、片桐の個人的な意見を述べていきます。

 大川小学校の悲劇で避難を遅れさせてしまった要因のひとつは「ここまで津波はこない」という誤った認識でした。この間違いは「恒常性バイアス」で説明されます。「恒常性バイアス」は、事故などに遭遇し、被害が予想される場合に根拠なく自分に都合の悪い状況を無視し、「自分は大丈夫」と事態を過小評価する心の動きです。

 ビスマルクは「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」と言ったそうです。大川小学校の悲劇においても、多くの父兄や地域住民がここまで津波はこないと主張した一方で、教頭は裏山への避難を主張したと複数のメディアで報道されています。「ここまで津波は来ない」と判断した人は、2010年のチリ地震の津波や、2日前の津波警報についての「狭い自分の経験」から判断したのではないでしょうか。一方、教頭は管理職として文科省や県からの通達やハザードマップにより被害想定の形で小学校まで津波がくる危険性を事前に知っていたのではないでしょうか。つまり教頭はより広い「経験」に基づき判断したと推察します。人間は自分の経験を何よりも優先するそうです(ブログ2015.8.27)。、「今まで生き延びてきた」という経験は、「自分だけは死なない」という誤った認識を産むもとではないかと思われます。

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 ここで教頭の予備知識と他の方々の予備知識の大きさの差が、(残念ながら活かされなかったが)より良い判断を産んだことは、注目に値します。また、この悲劇から生還した4名の生徒のうち1名は「教頭先生が山へ逃げた方が良い」と地域住民と言い争っていたことを述べています(山陽新聞2011.8.24)。多くの生徒と地域住民でごった返し、混乱していた校庭で、教頭先生の主張を聞いていた生徒が何人いたでしょうか。生き残った生徒は、裏山へ逃げるというオプションを教頭の発言から学んだことが、その生き延びる可能性を広げたのではないかと私は思います。

 その意味で、「取材」により自分が得た情報を正しく「理解」するためには「基盤となる知識」が重要であることを示していると思います。これはまさに、安全における教育の重要性を示すものと思います。

片桐 利真

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