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「安全工学」の講義 第4回安全の心理から(2) 安全と安心は違う(片桐教授)

| 投稿者: tut_staff

2年生の選択必修の講義「安全工学」の担当の片桐です。

このブログのシリーズでは、安全工学という講義の中でお話しした内容について、片桐の個人的な意見を述べていきます。

 まず,「安全⇔危険」と「安心⇔不安」は異なる概念です。ここで危険は「危険の確率」×「被害の大きさ」で定量化できる、科学的に取り扱うことのできる概念です。一方、不安は主観的なもので定量化できません。そしてその大きさは、個人の経験やその事象のTPOにより大きく異なります。そして,困ったことには、「人は情で動くが、理では動かない」ため、危険より不安を重大視します(ブログ2015.8.27)。だから、安全を司る者は、その不安や安心を理解するための心理学的な知識を必要とします。

 この危険と不安のそれぞれの大きさがよく相関していれば、問題ありません。しかし、実際には「安全だけど不安」に思う事象や「危険だけど安心」してしまうように、「安全⇔危険」と「安心⇔不安」がミスマッチすることが多々あります。

 その代表としては、ダイオキシンとタバコの例を挙げることができます。タバコは間違いなく危険です。肺がんや心臓疾患を引き起こし、毎年多くの人の命を奪います。WHOの試算では毎年11万人以上がタバコ関連死で亡くなっています。一方、ダイオキシンは危険であるという情報が先行し、特に所沢のゴミ焼却炉問題以降、ひどく不安をかき立てられましたが、直接的にダイオキシンの有害性により亡くなった方は、有史以来4名とされています。ダイオキシンはそれほど危険ではないけども不安にさせていると言えます。

 このような危険と不安のミスマッチは、限られた資源(人的資源、経済的資源、時間的資源)の有効利用を邪魔します。すなわち、不安を優先することで、誤った対策をとらせたり、対策すべき事項の優先順位を誤らせます。そして,結果として対策できるはずの危険への対策を怠らさしめます。ダイオキシン対策に使われたお金と労力をタバコ対策に使えば、どれだけの命を救えたでしょうか。

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 心理学者のスロビックはこのようなミスマッチを引き起こす以下のような11の要因を示しています。

  1. 被害が受動的な場合
  2. 被害を個人的努力で回避できない場合
  3. 被害が不公平な場合
  4. 未知・慣れない原因による危険の場合
  5. 異常な被害の可能性を持つ場合
  6. 人工的なものによる被害の場合
  7. 被害の発現までの長誘導期間のある場合
  8. 被害が未来世代にまで及ぶ可能性のある場合
  9. 被害者が身近にいる場合
  10. 原因などが科学的に未解明な場合
  11. 安全に関して矛盾する情報が提示される場合

このような場合には、小さな危険でもその大きさを1000倍不安に感じるそうです。特に、化学者としては、6番の天然物は安心で人工物は不安に思われていることは,不幸なことに思われます。これは、以前お話しした人工農薬と天然農薬(ブログ2016.4.28)の危険性の理解を妨げる要因です。

 ダイオキシンの場合、上記の1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 10の複数の要因を持つため、タバコよりも不安であると感じるのでしょう。同様にタバコの場合でも、受動喫煙は本人の意思に関わらないため、より怖く感じるものと推察されます。

 科学技術者は、「危険」という科学的な尺度で安全性を説明したがります。しかし、その情報を受け取る普通の人は「不安」でその安全性を判断してしまいます。そのため,両者の間に理解の差が生じてしまいます。だからこそ、科学技術者は人間心理の深い理解が必要です。

片桐 利真

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