「安全工学」の講義 第10回 化学の安全 有害性(5) 水銀問題-1(水俣条約)(片桐教授)
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2年生の選択必修の講義「安全工学」の担当の片桐です。
このブログのシリーズでは、安全工学という講義の中でお話しした内容について、片桐の個人的な経験と意見を述べていきます。
水銀は「毒の帝王」と呼ばれています。有機水銀は神経毒として働き、4大公害病のひとつである水俣病を引き起こしました。
化学の研究現場での悲惨な事故例としては、ダートマス大学の化学教授カレン・ヴィッターハーン (Karen Wetterhahn) 先生の例が知られています。IUPACの定めた、水銀の核磁気共鳴(ブログ2016.02.17,他)の化学シフトの標準物質は、恐ろしいことにジメチル水銀です。ヴィッターハーン先生は、その核磁気共鳴測定サンプルの調製中に、ラテックス手袋に数滴のジメチル水銀をこぼし、被曝しました。5か月以内に水銀中毒の症状を示し、治療が行われたが、数か月後に死亡しました(ブログ2016.3.23)。
水銀は強い有害性を持ちます。しかし、常温で反応性の低い液体の金属という特異な,他に代えがたい物質でもあります。
蛍光灯の中には水銀蒸気が含まれています。1本あたりの使用量は昭和49年には50 mgでしたが、平成21年には7 mgまで削減されました。また、水銀電池(平成7年製造中止)や乾電池(平成3年無水銀化)にも水銀(アマルガム合金)を使用していました。今でも、使えなくなった古い乾電池の中には水銀が含まれています。これが,乾電池を特別に分別する理由の一つです。
毒物(有害物)を嫌う医療の現場にも水銀はありあります、水銀式体温計や血圧計はその代表です。その他にも歯科治療のアマルガム、インフルエンザなどのワクチンの不活性化剤(チメロサール)。今は絶滅しましたが、昔はあたりまえに使われていた傷の消毒薬の赤チン(マーキュロクローム)は有機水銀を含みます。
科学・化学実験器具としては、水銀温度計、マノメーター(圧力計)の他に、電気化学分析のカロメル電極や水銀滴下電極を用いたポーラログラフィーには水銀そのものや水銀塩が使われています。電子部品として水銀リレー、傾斜計、水銀スイッチも一般的です。高真空を作るための水銀拡散ポンプは、今はもう使いませんが、倉庫のどこかに眠っている恐れがあります。また、大電圧向けの整流器や、灯台などの投光器の潤滑剤としても使われていました。
このように,大きな利用価値のあった水銀ですが、近年の科学技術の進歩により、もう使わなくても良くなりました。水銀温度計は熱電対を使用した電子温度計にとってかわられつつあります。そして、蛍光灯は、より省エネルギーな青色LED(ブログ2016.04.14)により代替可能になりました。
このような状況を鑑み、2020年に水俣条約が発効し、本格的に水銀を規制します。この条約では
- 水銀供給の停止(鉱山の閉山)
- 水銀の輸出入の原則禁止
- 水銀を使用した指定製品の製造・輸出・輸入の禁止(2020年までに)
- 廃棄物は「環境上適正な方法で管理」すること
となっています。そして、この条約に基づき、国内では「水銀汚染防止法」(2015年)が定められ、2016.4より施行されています。
これから水銀は、PCBや石綿のように我々の周りから消えていきます。
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