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「安全工学」の講義 第10回 化学の安全 有害性(1) サリン(片桐教授)

| 投稿者: tut_staff

2年生の選択必修の講義「安全工学」の担当の片桐です。

このブログのシリーズでは、安全工学という講義の中でお話しした内容について、片桐の個人的な経験と意見を述べていきます。

 私が化学科の大学院生の頃、大学のサークル掲示板に「未来が分かる方程式を教えます」という講演会のポスターが貼ってありました。「これは怪しい、これは近寄ってはいけない」と本能的に感じました。その講演会の主催者は,後にあの大事件を引き起こしたカルト集団、オ◯ム神仙の会でした。もしあの時に講演会を聞きに行っていたら、私は死刑囚になっていたかもしれません。そういえば、サリン合成をしていたT死刑囚の専門は当時の私と同じく物理有機化学でした。

 今から22年前、まだ私が会社員だった頃に松本サリン事件が起こりました。私が出張で松本市を訪れた、わずか2週間後のことでした。松本市のある地区にサリンがばらまかれ、7人の方が亡くなり、数百人にものぼる方が被害にあいました。事件当初は、宗教団体によるテロとは認識されず、事件というよりも偶然発生した事故ではないかとマスコミの報道は推測していました。私は、柳の木が枯れていたことから偶然ではなく誰かが意図的に「サリン」のようなものをまいたのではないかと心のそこでは思っていました。しかし、そのようなことを行える残忍な者の存在を信じられませんでした。

 そして、3月になり、あの地下鉄サリン事件が起こりました。転職直前の私はいつも通り、会社の研究所に入り、仕事の引き継ぎのための報告書や書類作成を行っていました。午前中の勤務時間に入ってしばらくして、上司に呼ばれました。「片桐は毒物に詳しかったよな、本社から電話があったんだが…。」

 電話は地下鉄サリン事件の発生と、本社の社員が巻き込まれたことについてでした。「シアン化メチルはどんな毒物なのか?」という問い合わせに一瞬戸惑いましたが、「アセトニトリルは普通の有機溶媒ですよ。まぶしがる?瞳孔が開いているということですか?。それはアセチルコリンエステラーゼ阻害剤だよ、きっとサリンだよ。」….。おおあたりでした。当時、私は今以上にぼさぼさのひげを貯めており、その4月には岡山へ移ることが決まっており、もちろん会社には辞表も出していました。そのため、「片桐は岡山へ高飛びするらしい」とか、「片桐は教祖の影武者らしい」とか、「そういえば松本サリンの時には下見に行ったらしい」とか、いろいろな風評被害を受けました。

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当時の片桐(30代)の写真

 サリンは殺虫剤の開発の過程で見つかった化学兵器(毒ガス)です。呼吸や皮膚経由で体に取り込まれると、神経伝達物質であるアセチルコリンを再使用するための酵素を拮抗阻害してしまう神経毒です。その作用のため、神経は正常に信号を伝えられなくなり、呼吸が止まります。

 地下鉄サリン事件の時には、そのサリンのアセトニトリル溶液をつつんでいたビニール袋やぬれている新聞紙を布の手袋で触ってしまった車掌さんがお亡くなりになりました。

 このようなテロにおいて、どのように対応すべきでしょうか。まず第一に、逃げることです。そのためには異変に気がつかなければなりません。嫌な臭い、刺激臭や甘い匂い、嗅いだことのない臭いがしたら、気持ちが悪くなったら、その場からすぐに離れることです。恒常性バイアスに支配されていては助かりません。

 もし私がその地下鉄にいたら、やはり被害を受けていたことでしょう。毒物に対する感受性を鍛えることは,実際には困難です。

片桐 利真

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