「安全工学」の講義 第10回 化学の安全 有害性(9) 虫歯予防の「フッ素」はそんなに有害か?(片桐教授)
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2年生の選択必修の講義「安全工学」の担当の片桐です。
このブログのシリーズでは、安全工学という講義の中でお話しした内容について、片桐の個人的な経験と意見を述べていきます。
私はフッ素化学を専門としています。そのため、「フッ素」という単語には敏感に反応します。
子供の虫歯予防のために「フッ素塗布」がされます。「フッ素」を歯に塗ると表面が硬くなり,虫歯になりにくくなるというものです。しかし、わたしはこの「フッ素塗布」ということばが気に入りません。あれは「フッ化物塗布」と呼ぶべきです。「フッ素」という元素や単体の名称ではなく正確に「フッ化物塩」と表現しましょう。
八王子の歯科医でフッ化物塩とフッ化水素酸を取り違えたことによる死亡事故が報告されています。歯に塗るフッ化物塩を薬品屋に注文する際に「フッ素」と院内の通称を用いたために、入歯の加工に使うフッ化水素酸と勘違いされ、それを塗布された女児が亡くなるという事故でした。化学物質の名称を「ローカルネーム」で呼ぶことは厳に慎むべきです。これはそれぞれの化学物質の危険性・有害性を超えて化学物質を取り扱う者の矜持であると思います。
しかし、「フッ化物塩塗布」…という名称は一般的ではないので、この文章でもやむを得ず意に反して「フッ素塗布」と呼びます。
歯科医や学校で行う子供へのフッ素塗布そのものの危険性(これも有害性と呼ぶべきです)についてはどうでしょうか。おそらくWeb検索をすれば、多大な危険性の主張を見つけることになります。
このようなWEB上で、フッ素塗布に反対する人は、反応性のまったく異なる「フッ化物」と「単体のフッ素」を混同し、あたかもフッ化物も高い反応性を持つ、危険なものかのように記載していることがあります。引っ掛けられないようにしてください。人体に必須元素である水素、窒素,炭素でも組み合わせでは猛毒の青酸になります。フッ化物そのものは「強い有害性」を有するものではありません。
フッ素という「元素」は、もともとからだの中に無いものですから、それを積極的に入れることで、虫歯予防という益もあるが、害もあるのは当然でしょう。結局、その益と害を秤に掛けて、益が多ければ使えばよいし、害が大きければ使わなければよいという話です。
う歯(虫歯)はこじらせると命に関わる病気です。その意味でう歯予防がQOLの向上に大きく役立つことを否めません。一方、フッ化物の害については、その可能性を否定できません(否定していないから肯定しているとは理解しないでください。「まだわからない」を含めた「可能性を否定できない」です)。
ですから、子供の歯のケアを十分にしてあげられるお母さんなら、子供の歯へフッ化物を塗ることを拒否するのは当然です。一方、十分なケアのできない親御さんの場合にそれでも拒否するのは、子供のQOLを下げることになってしまいます。そして、社会全体から見たら、まだフッ化物を塗った方が益多いと言うことになるようです。
このような害と益の十分な理解の無いまま、あるいは十分な歯のケアを行わないままに「フッ素(フッ化物)塗布は有害だ」とする資料を配布し、それを鵜呑みにして何が何でもフッ化物の塗布を拒否するのは、間違っています。薬になるものは必ず毒にもなります。それを正しく学ぶことが親御さん一人一人に求められています。
また,海外ではう歯予防のために、水道水フッ化物を入れることがあります。これに対しても反対派がおられます。そのような方々の主張する、水道水に入れるレベルでのフッ化物の引き起こす神経症状については、私の知る限り、スタンレー=キューブリック監督の「博士の異常な愛情」というコメディ?映画で述べられていたのは存じています。その映画は「ソ連がアメリカ人の精神と神経を破壊するために、水道にフッ素を入れている」という妄想に取り付かれた戦略爆撃の司令官がソ連に核爆弾を落とさせる、というものです。それを真に受け、その映画を根拠に低濃度フッ化物による神経症状について述べられる方が散見されます。しかし、私の勉強不足でしょうか、信頼性のある(有意差検定をクリアした)科学的なソース(論文)を存じません。
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