「平等に貧しくなろう」って言うけど、「貧しい」ってどういうこと?(江頭教授)
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今回のお題は最近、話題になっている上野千鶴子氏の中日新聞紙上でのインタビュー、いろいろ思うところはあるのですが今回はサステイナブル工学が目指す社会像に絡めて江頭個人の意見を述べさせてもらいます。
話題になっている(炎上している?)ポイントは一つは「日本社会は移民を受け入れられない」という認識について。これは上野氏個人の望みや主張ではなく、日本社会をの現状を主観的に観測したうえでの印象なので、異論のあるなしは人それぞれですね。一方、もう一つのポイントである「みんな平等に、緩やかに貧しくなっていけばいい」という部分は上野氏の未来に向けた主張でしょう。「もう充分貧しいんですけど。」とか「まず、あなたも私たちと同じくらい貧しくなってね。」という意見は容易に想像できます。
さて、私の意見もこの二つ目のポイントに関連していますが、少し違う内容です。上野氏が考える「貧しくなる」とか「衰退する」ということの具体的な意味がよくわからない、という点です。上野氏は今後の日本では「人口が減少する」と主張していて、ここは私も同意見です。しかし、「人口が減少する」から「衰退する」、「貧しくなる」と続けているのですが、そこがよくわからない。
たとえば日本の人口、1億2千万人がずーと減少して一人になってしまったら、それは「衰退」したといえるでしょうね。でもその最後の一人は「貧しい」のでしょうか?ひょっとして日本人の全財産を相続してものすごいお金持ちかもしれません。人口の減少が衰退だ、とするなら世界で一番繫栄しているのはアフリカだ、ということでしょうか。人口が多いいほうが豊かなら世界で一番豊かなのはインドですよね。「衰退」はともかく「貧しさ」が人口の増減を直接に意味していないことは確かだと思います。
では、人口が減少すると貧しくなるのでしょうか?そもそも「貧しさ」の基準は何なのでしょうか? SF的な話ですが、地球軌道上、太陽の反対側にもう一つの地球が実は存在していて、そこにもう一つの日本があった!と考えてみます。二つの日本が一緒になって新生「日本国」を作ったとします。人口は2倍に増えました。GDPも二倍なりました。これで繁栄して豊かになった、というのでしょうか? 逆にこの新生「日本国」が分裂してまた二つの日本に戻ったとしたら「衰退し」て「貧しく」なったというのでしょうか。こう考えると、「貧しさ」(と「豊かさ」)の基準は日本全体の〇〇(例えばGDP)ではなく、一人当たりの〇〇だ、と考えたほうが良さそうです。日本全体の〇〇が人口減少で減る、というのはわかりやすいのですが、一人当たりの〇〇まで減る、というのは一概には言えない話だと思います。一体どこで上野氏はそのような確信を得たのでしょう?
図は国立社会保障・人口問題研究所による日本の将来人口推計
日本の全体の土地も資源も有限であることを考えると、人口が少なければ少ないほど、一人当たりの天然資源は「豊か」になるはずです。マルサスの人口論をはじめとする「食糧危機論」の根底にある考えはこれであり、人口を抑制しないと「貧しくなる」という警告を私の世代の人間は頻繁に聞かされたものです。これに対して人口が減ると貧しくなる、というのは全く逆の主張です。
高齢化が進むのが問題だ、という考えならわかります。労働人口の比率が減少する。働いている人間が少なくなって養われる人間が増えるのだから、一人当たりでも貧しくなる。これは筋が通っています。でも、それは人口の大小とは直接関係のない話です。たとえば少子化対策で子供が増えば人口は増加しますが、赤ん坊がすぐに働けるわけではありませんから、少なくとも20年くらいの間、労働人口の比率はさらに減少します。老人を介護する上に子供の世話まで増えることになって現役世代は大忙しでしょうね。また移民を受け入れた場合、その移民が高齢化した際に今の高齢化と同じ現象がさらに大規模に起こるのではないでしょうか。少子化対策は手遅れ、移民受け入れは先送りなので、結局は労働人口比率の低下を受け入れるべきだ、ということで、論拠はかなり違いますがこの点では上野氏と同意見です。
そもそも、現役世代に対して高齢者が少なく、子供が多い社会、というのは人口の増加を続けている社会でありサステイナブルな社会ではありません。現在日本で起こっている「高齢化」はサステイナブルではなかった社会がサステイナブルな社会に転じる変化を経験しているのであって、先送りにはできてもいつかは対応しなければならない変化なのだと思います。(「少子化」はまた別の問題ですが、これについては別の機会に。)
さて、上野氏の言う「人口の減少」が労働人口比率の低下であると解釈し直したとして、それが「貧しくなる」ことにつながるのでしょうか。「貧しくなる」ということが食べ物をはじめ衣食住に事欠く状態になる、ということだと解釈すると、これはかなり非現実的でしょう。日本の農林水産業の従事者は全労働者の10%を切っていますし、鉱業や製造業を入れてもせいぜい3割程度です。人間生活の物質的な基盤を支えている労働力はそれほど多くはなく、ほとんどは第三次産業、つまりサービス業に従事しているわけで、本当に必要であれば第一次、第二次産業に人員が再配分されるはずです。
「今のようなサービスが受けられない」というのが「貧しくなる」ということの具体的な内容である、というところまで忖度してやっと理解できる問題設定になりました。そのうえで私の意見です。
「心配しすぎじゃないですか?」
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