40年ぶりに「ファウンデーション(アイザック・アシモフ著)」を読んで(江頭教授)
| 固定リンク 投稿者: tut_staff
確か中学生のころでしょうか。兄が読んでいる難しそうな(でも面白そうな)本、SF ( Science Fiction )の本が気になって最初に借りて読んだのがこの「ファウンデーション」でした。でも当時は創元推理文庫として東京創元社から出版されていて、タイトルは「銀河帝国の興亡」。全三巻のうち、第一巻がこの「ファウンデーション」に相当します。
さて、この小説、遙かな未来、人類が銀河系全体に広がり広大な銀河帝国が成立している、という背景でスタートします。SFですが宇宙人は登場しません。派手な宇宙戦争の描写もほとんどなし。ですが中学生のころの私はこの作品の描く未来に非常に興奮したのを良く覚えています。
人々の行動を統計的に扱うことで十分な大きさの人間集団の将来の動きを予測できる、という「心理歴史学」という科学(もちろん架空の科学です)を発展させた科学者が、繁栄しているように見える銀河帝国が実は崩壊の危機に瀕していることを発見する、これがこの物語のはじまりです。彼は銀河帝国の崩壊後、三万年つづくと予測される無秩序状態を早期に収拾し、第二銀河帝国を成立させるべく銀河の辺境の惑星に「ファウンデーション」と名付けられるコロニーを設立したのですが…。物語はこのファウンデーションの百年を超える歴史をたどってゆきます。
さて、本書をわざわざこのブログで取りあげたのはこの本が非常に面白い、という理由からではありません(それもありますが)。
以下の引用は本書で描かれている「繁栄しているように見えるが実は崩壊の危機に瀕して銀河帝国」の描写です。
すでにかれらは曾祖父の生活を羨望をもって思い起こしています。政治的革命と商業的停滞が増大することに、かれらは気づくでしょう。自分がその瞬間に把握できる事柄だけが重要だという感情が、銀河系内に蔓延するでしょう。野心家は待たず、破廉恥漢はためらわなくなるでしょう。かれらのあらゆる行為によって、諸世界の腐敗が促進されるでしょう。
どうでしょうか。
中学生の時には遠い未来の遙かな宇宙の出来事のように感じていたと思います。でも今読み返してみると、この記述、実は現在の世界を語っていると見えなくもありません。あるいは100年後、未来の歴史家が21世紀の初頭をこの様に記述してもおかしくないのではないでしょうか。もしかしたら現在の国際社会も実は崩壊の危機に瀕しているのかもしれません。たとえ崩壊が現実のものとならなくても経済の停滞と政治の不安定化、人々の刹那主義などが世界のあちこちで広がっているなら、それ自体が危機とよべるでしょう。
この銀河帝国崩壊の危機の原因は何でしょうか?本書での描写は「科学的精神が失われ、社会が停滞すること」を暗示しています。これは20世紀半ば、戦後アメリカの「科学によって発展する社会」という自己イメージの裏返しでもあります。科学の精神が維持される限り社会の危機を防ぐことができる、そんな楽観的な視点がこの小説の面白さの背景にあるのでしょう。
翻って、今日の国際社会の危機的な状況は科学の精神を鼓舞することで解消されるのでしょうか?とてもそんな風に考えることはできません。科学の進歩が社会の豊かさにつながっていたのは、20世紀半ばの特殊な社会状況に過ぎないと私には思えるのです。本当の危機的状況はそんな単純なものではない、というより、単純でなくなったから危機的だ、というのが実情なのでしょう。
40年ぶりにこの「ファウンデーション」という作品を読み直して、非常に面白く感じたのは事実です。ですが今の私には本作はSFというよりファンタジーの一種の様に見えてしまうのはどうしようもない事でした。
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