「長期低炭素ビジョン」を読む(その8)(江頭教授)
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日本、そして世界の将来はどのような姿なのか。温暖化問題の解決、という立場からまとめられた日本の将来像「長期低炭素ビジョン」についてシリーズで解説しています。
温室効果ガスの排出量を80%削減する。この野心的な目標を達成するために具体的には何をすれば良いのでしょうか?企業はイノベーションを進めること、市民はそれを積極的に取り入れること、といった役割があるのですが、では、政府は何をするのか。「長期低炭素ビジョン」の正に結論というべき部分です。
前回紹介した第6章の目次で唯一具体的に名前を挙げて示されている政策、それが「カーボンプライシング」です。
カーボンプライシング、日本語で言えば炭素の価格付けです。でも、炭素、というか二酸化炭素に価格をつけて「さぁ、買ってください」といっても誰も買ってくれません。炭素に価格をつけて、何かを買うときの価格に上乗せしよう、というのがカーボンプライシングの意味です。
炭素の価格が上乗せされていると、温室効果ガスをたくさん排出するものは高く、少ししか排出しないものは安くなります。消費者が買い物をするとき、この製品の温室効果ガス排出量はどのくらいだろう、などといちいち気にすること無く、単純に安い製品を選ぶだけで温室効果ガスの排出量の少ない製品を選ぶことができるのです。
逆に、生産者の立場からすると温室効果ガスを出さないようにモノやサービスを生産することができれば安く売ることができる。あるいは同じ価格で売っても儲けが大きくなる。このメリットを求めて温室効果ガス削減のための投資が進み、いろいろな技術がもっと普及しやすくなると期待されています。
この「カーボンプライシング」、なるほど良いアイデアで、実施されれば大きな効果が期待できそうです。「長期低炭素ビジョン」の中でも以下の図でその仕組みとメリットを強調しています。
では、早速「カーボンプライシング」を実施しよう、となるのでしょうか。そう思うと下図で小さく書かれた「カーボンプライシングによるコスト上昇等による負の影響があることにも留意が必要」という脚注が気になってきます。
「長期低炭素ビジョン」(p69)より
この注釈、実は本文中に「一部の委員から」としてカーボンプライシングに反対する意見があったことを踏まえてのものです。(本文 p70)
カーボンプライシング、実は有り体に言えば「炭素税」という新しい税金です。税金が好きなひとはいないでしょうし、新しい税金によって経済が落ち込めば温室効果ガス削減どころの話では無くなってしまうのでは、という反対意見が1つ。
そして、カーボンプライシングが巧く実行できるかどうか、疑問視する意見もありました。全ての商品に炭素の価格が上乗せされていることが絶対の必要条件で、誰かが炭素の価格を上乗せされていない商品を売り出せば競合他社を易々と打ちのめしてしまうでしょう。そこは巧く制度をつくって、と言いたいところですが海外の生産者を含めて考えた場合、そんなことは可能なのでしょうか。
なかには
明示的なカーボンプライシングの導入に断固反対
という意見もあり、議論が紛糾したことがうかがえます。
「カーボンプライシング」は効果が大きいと期待されると同時に負の影響に対する懸念も同じように大きいのです。
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