「長期低炭素ビジョン」を読む(その2)(江頭教授)
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日本、そして世界の将来はどのような姿なのか。温暖化問題の解決、という立場からまとめられた日本の将来像「長期低炭素ビジョン」についてシリーズで解説しています。
「長期低炭素ビジョン」では、将来の日本のあるべき姿がビジョンとして示されているわけですが、その前提となるのは温暖化問題の対策をどの程度進める必要があるのか、もっと言えば温室効果ガスの排出量をどの程度に抑えることが必要なのか、という目標値です。
では、この目標値はどのように決めるべきなのでしょうか。
現在の状況をつぶさに観察して将来の排出量を予測する、この方法で出てくるのは「予測値」であって「目標値」とは違います。
温室効果ガスの排出量を仮定し、その影響を予測する。予測結果から我慢できる限界の排出量を求めて「目標値」とする。これが正しい「目標値」の設定方法でしょう。
ちょっと待ってください「我慢できる限界」と簡単に書いていますが、これは一体どのように決めれば良いのでしょうか。影響の予測も細部については意見の分かれる対象ですが基本的には「正しい予測」というものを想定できるはずです。でも1人1人がさまざまな価値観を持つ中で、正しい「我慢できる限界」というものも1人1人バラバラです。それでも「目標値」を共有するためには「我慢できる限界」を世界で一つに決める必要があるのです。
さて、「長期低炭素ビジョン」では、以下の図にまとめられている様な目標が掲げられています。この目標値はどのように導き出されたものだと説明されているのでしょうか。
「長期低炭素ビジョン」参考資料集より
「長期低炭素ビジョン」では第一章がその目標値の設定に関しての説明となっています。
第一章(1)「気候変動問題に関する科学的知見」では地球の平均気温の上昇が1℃、2℃、3℃の場合に予測されるリスクをIPCCの報告書等から引用し、2℃を超える状況でのリスクは「我慢できる限界」を超えている、という論法で2℃以下の上昇に押さえる、という目標が導入されています。
そして、平均気温の上昇を2℃に抑えるため、あとどの程度の温室効果ガスの排出が許容できるか、を議論しています。人類が今まで人工的に排出してきた温室効果ガスの累積量と温暖化による温度上昇に大まかな比例関係があるとし、すでに人類が2兆トンの温室効果ガス(二酸化炭素換算)を排出しており、平均気温の上昇を2℃に抑えるためには累積で3兆トン以下に、つまりこれからの排出量を1兆トン以下に抑えることが必要である、(これを「カーボンバジェット」は後1兆トンである、と表現しています)という排出量に関する目標が示されています。
この排出量に関する世界的な制限をベースに、日本の将来の温暖化ガスの排出量の目標について「中期目標として 2030 年度に 2013 年度比2026%削減」そして「長期的目標として 2050 年に 80%削減」という具体的な数字が提示されています。カーボンバジェットを世界で分け合う、とう観点からは上図示す様に「81%~91%削減」という数字が出ていますが、どちらも非常に極端な削減、という意味では同じような内容だと言えるでしょう。
「長期低炭素ビジョン」の前提はこの非常に極端な削減という目標なのですが、以上の議論ををたどると、2℃を超える状況での「我慢できる限界」を超えているというリスク、がその根拠となっていることが分かります。
これらのリスクの情報は、一つはIPCCなどの国際機関による報告に基づくもですが、そこで述べられているのは基本的には「どのようなリスクがあるか」の情報です。それが「我慢できる限界」を超えるかどうかの議論がどこでどのようになされたのか、少なくとも「長期低炭素ビジョン」の中では明白になってはいません。
「長期低炭素ビジョン」の役割は目標の設定(あるいは設定についての解説)ではなく、目標に対応したビジョンの提示にある、というのはその通りなのですが、多くの人にとっては理解しにくい、いえ、正確には納得しにくい部分ではないでしょうか。
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