「長期低炭素ビジョン」を読む(その3)(江頭教授)
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日本、そして世界の将来はどのような姿なのか。温暖化問題の解決、という立場からまとめられた日本の将来像「長期低炭素ビジョン」についてシリーズで解説しています。
前回は低炭素社会となった2050年の日本を想定したとき、日本の温暖化ガスの排出量の削減目標が「81%~91%削減」というきわめて大きな削減となることを紹介しました。では、どうやってこの目標を達成すれば良いのでしょうか。そのために世界各国が話しい合意したのが「パリ協定」です。(最近離脱した国もあるのですが...。)
パリ協定では京都議定書にあったような各国に割り当てられた削減目標、というものはありません。その代わり、一国一国が独自の削減目標を国連に提出します。国連は各国から提出された目標値を集計してその結果を発表します。各国はその結果を見ながら自国の削減目標を修正し、世界全体として「気温の上昇を2℃に抑える」という目標を達成しよう、という仕組みになっています。
このようにパリ協定はよく言えば各国の努力を信頼する性善説的なシステムですが、悪く言えば目標を勝手に決められるざる法の様なものとも言えます。それでもパリ協定が重要であるのは「温暖化ガス排出を削減するのは良いことだ、必要な事だ」という世界共通の認識が確認されたということです。この共通認識はやがて具体的な温暖化ガス削減のための行動につながり、それにはなにがしかのコストがかかります。逆にみると、このコストは新たな投資であり、誰かの収益となるものです。つまり、温暖化ガス削減のための新たな市場が生まれる、ということなのです。
「長期低炭素ビジョン」では、この新たな市場のことを「約束された市場」と呼んでいます。
「長期低炭素ビジョン」参考資料集(p36)より
上の図の様に、この「約束された市場」は9兆ドル(ドルです!約1000兆円、日本のGDP2年分です)と試算されているそうです。ただし、期間は2016年から2050年までなので35年分になりますから、1年ごとでは2,600億ドル(約30兆円)です。これでもかなり大きな金額です。
この「約束された市場」の存在が明かになれば多くの企業が安心して投資をすることができます。新しい技術の市場への投入も容易になり、さらに新しい技術を開発が盛んになって、低炭素分野でのイノベーションが始まる。それが低炭素社会に到達するための原動力となる、と「長期低炭素ビジョン」の作成者たちは期待しているのです。その意味でパリ協定の意義は非常に高い、と評価するべきでしょう。
なお、この「約束された市場」という言葉、「長期低炭素ビジョン」のなかではじめて出てくる部分に以下の様な注釈がありました。
「約束された」とは市場規模を指し、当該市場に参入すれば確実に収益を上げられることを意味するものではない。
長期低炭素ビジョン p20 脚注22
文脈からは当然なのですが...、公的期間の文章は気を遣うものなのですね。
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