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ライナス・ポーリングとビタミンC(江頭教授)

| 投稿者: tut_staff

 ライナス・ポーリング(写真)といえば化学関係の人間で知らない人はない有名人。一般の人の知名度は低いかも知れませんが、「化学結合論」で量子力学と化学とを結びつけた天才的な化学者・物理学者、というのが化学者の間での評価でしょう。

 先日推薦図書として紹介した「代替医療の光と闇」という書物の中にこのライナス・ポーリングの名前がありました。ここで私はライナス・ポーリングのまだ知らなかった側面を知ることとなりました。

 まず、ライナス・ポーリングの化学結合論以外の分野での活躍です。鎌状赤血球貧血という病気の分子レベルでの原因究明によって分子生物学の成立に寄与したこと、タンパク質の高次構造というアイデア。学術的な内容以外でも核廃絶に向けた真摯な努力など。

 と、ポジティブな面もあったのですが、ライナス・ポーリングの「闇」の一面も記載されていました。というか、この本の文脈からはこちらが主軸。なにが「闇」かというと

「ビタミンCで風邪が治る」

「ビタミンCでインフルエンザが予防できる」

「ビタミンCで癌が治る」

と主張したと言うのです。

 主張しただけなら別に悪くありません。問題なのはこれらの主張を検証するための臨床試験(大人数の患者を2グループに分けて、「ビタミンC」と「プラシーボ(偽薬)」とを、それと分からない様に与えて、両グループの経過を比較する実験)で効果がみられないことが示された後までこの手の主張を続け、その影響力で根拠の薄弱な「ビタミンC」ビジネスを育て上げてしまった、という点です。

 1966年、65歳のライナス・ポーリングは「毎日3gのビタミンCを摂れば健康になれる」というアドバイスに従ってみたところ、自分が健康になった(気がした)ことを根拠にこの様な主張を始めたそうです。その主張はエスカレートを続けてビタミンAやビタミンE、セレニウムやベータカロテンも推薦薬のリスト入り、事実上ほぼ全ての病気がこのビタミン類で治ると主張したといいます。1970年にアメリカにAIDSが入ってくると、AIDSもビタミンで治せると言ったとか。

 ここまで来ると、まともではありません。ずば抜けた化学者であり科学者であった筈のライナス・ポーリングはある時期から科学の方法論から逸脱してしまったのです。しかし、彼はビタミンビジネスの広告塔となりました。何しろノーベル賞受賞者(しかも2つ!)が言うのだから間違いない、普通の人はそう思い込んでしまうのです。

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 さて、なぜこの様なことが起こったのでしょうか。

 ライナス・ポーリング博士の思考や心情は本人にしか解らない(本人にも?)ことですが、化学結合論を初めとする彼のいくつもの主張のうち、あるものは受け入れられ、そして絶賛された一方で、この「ビタミンC万能説」は、少なくとも科学者の間では受け入れられなかった、ということは明かです。

 科学の方法論の基礎は実験による証明であり、この場合は臨床試験がそれに当たります。たとえ高名なノーベル賞受賞者の主張であっても科学の世界では実験的に裏付けられないものは受け入れられなかったのです。科学では「誰が主張しているか」は事の真偽とは無関係であるという考えが徹底されています。その意味でライナス・ポーリングのビタミン騒動は当時のアメリカの医学界が科学的な態度をしっかりと保っていたことの証だ、とポジティブにとらえることも出来るでしょう。

 その一方でライナス・ポーリングの「トンデモ話」が一般大衆には受け入れられ、それが巨大なビジネスに発展した、ということは世間一般では科学的な態度が根付いていいないことを示しています。

 これは1960年代ごろのアメリカでのお話ですが、今現在の日本の状況はどうなのでしょうか?一般大衆の科学への理解は当時と比べて進歩しているのでしょうか。

江頭 靖幸

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