理論式と実験式(江頭教授)
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化学や物理では、いろいろな問題の中に、「適切な数式に数値を代入して答えをもとめる」というタイプの問題が出てきます。いろいろな変数のあいだの関係が数式で与えられていて、問題で指定された個別の状況に対して数式を適用することで求める答えが得られる。当たり前のことではありますが、このような数式の利用法は科学や工学の学習の大きな部分を占めています。というか、工学が社会で実用される際に、この数式の利用法が重要な役割を担っているからこそ、教育に際して重要視されることになるのです。
さて、今回はこのような「数式」が一体どのようにして得られるのか、という点を考えてみましょう。
今回のタイトルに示したように、工学で使われる式は、理論式と実験式に大別されます。
まず、理論式から。これは原理や法則から導出される式のことです。問題の理解の仕方や導出が間違っていなければ、正しい結果を与える式で、実験で確認する必要がないと見なされます。もちろん、原理や法則は実験と無関係にできあがったものではありません。原理や法則は十分実験で確認されているので、そこから導かれる理論式を再度実験で確認する必要は無い、ということです。
では、原理や法則から直接導出できない、つまり理論式は無いが、どうしても知りたい変数間の関係がある場合、どうすれば良いのでしょうか。こんな時は実際に実験を行って、その結果を式にまとめる、ということが頻繁に行われています。これが実験式です。
少し抽象的ですね。例えば、水の温度と蒸気圧の関係、これは乾燥や空調など、いろいろな分野で必要な関係ではありますが、理論から簡単に導出することはできません。以前の記事で紹介したAntoineの式は実験結果を整理して、温度から飽和蒸気圧計算する式としてまとめた実験式です。
他にも、いろいろな化学物質の比熱のデータと温度の関係式。比熱と温度の関係式から理論的にいろいろな熱力学的な物理量を計算することができるのですが、肝心の比熱の温度依存性は実験なしでは分かりません。そこでいろいろな物質の比熱を温度の関数として表す実験式が、例えば「化学便覧」などに記載されています。
さて、
「化学で観察される現象はすべて原理的には原子核と電子の運動の結果である。化学は量子力学の応用問題に過ぎず、量子化学が完成すればすべての関係式は量子力学の基礎式から導かれるはずだ」
この様な考え方に立てば、すべての関係式は理論式のみ、実験式は必要ないことになります。でもこれは極論。実際にものを作る必要がある工学の世界では「量子化学の完成」を待っていることはできません。
こう考えると工学の世界ではいろいろな実験式が用いられているのは当然だと言えるでしょう。
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