冷凍された金魚が生き返る?(江頭教授)
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「生きた金魚を液体窒素に入れるとカチカチに凍り付きますが、これを温めるとあら不思議、生き返って泳ぎ始めるのです。」という話を始めて聞いたのは私が高校生のころだったでしょうか。高校の部活動で液体窒素を扱う機会があり、早速試してみようという話がでたのですが、さすがに思いとどまった記憶があります。
さて、金魚の冷凍・蘇生実験は今では動画投稿サイトなどで実演をみることができますから、金魚が完全に冷凍された、と思っている人もいるかも知れません。しかし、短時間液体窒素に浸けただけでは、金魚の体の表面が凍っているだけで体内まで凍ってはいないのだそうです。温められて体表の氷が溶ければ動き出すのですが、そのまま液体窒素に浸け続けて全身が凍ってしまったら完全に死んでしまって、もう蘇生しない、というのです。(高校生のとき、思いとどまって良かった。)
この実験、人間に置き換えてみるとどうなるでしょうか。人間の皮膚には水分が含まれてはいますが、普通は液体の水はありませんから、急激に冷却されても体表に氷が付着するわけではりません。皮膚が凍り付いて硬くなるでしょうが、見た目のカチカチ感には欠けるでしょう。解凍された時点で皮膚は凍傷になっているので、凍らされた当人は苦痛で絶叫しているはず。とても興味深い実験という訳にはいきません。これは他の動物も同じ。物言わぬ金魚が対象に選ばれているのには理由があったわけですね。
さて、なんでこんな実験を思い出したか、というはなし。「ジオストーム」という映画の予告編(トレイラー)を見てしまったからです。
異常気象に直面した人類が気象をコントロールする人工衛星ネットワークを作り上げるが、その暴走でリオデジャネイロを寒波が襲う。ビーチで楽しんでいた人々が次々と凍りついてゆく
というシーンなのですが、いくら何でも急激に冷えすぎでしょう。そもそも「温度が低くなる」ということと「凍り付く(氷が付く)」ということは違います。たしかに温度が低くなると空気中の水分が霜になりますが、この映像のは速すぎ&量が多すぎですよね。一体あの氷はどこからやってきたのでしょうか。それ以前に温度が下がるスピードが速すぎです。
熱が伝わる形式は大きく分けて二つ。一つは伝導伝熱で、いわゆる暖かいものと冷たいものを接触させると冷たいものに向かって熱が流れる、という現象です。伝導伝熱では熱の伝わる速度は体と周囲の温度差に比例します。体温が35℃程度だとして、0℃の屋外に出たところで急激に凍り付いたりしません。もっと周囲の温度が下がっている、としてもマイナス273℃(絶対零度)が限界ですから、0℃の場合の伝熱速度の10倍にもならないはずです。映像では1秒以下で凍り付いている様にみえますから、0℃の屋外に出たら10秒以内で凍り付く、というぐらい変な映像を見させられているわけです。
もう一つの熱の伝わり方は放射伝熱で、光として熱が逃げる現象です。人間の体は別に光っていない、と思われるかも知れませんが、目に見えない赤外線を放出して熱を逃がしています。もっとも人間の身の回りのものも同じように光(赤外線)を放出しているので、入りと出のバランスを考えると放射伝熱で体が冷えているとは限りません。この放射伝熱では、熱が逃げる速度はその物体の温度で決まってしまいます。ですから、すごい寒波が来たからといって熱の逃げる速度が急に増えるわけではないのです。
まあ、映画について突っ込みを入れるのは野暮なのですが「化学工学」で伝熱(熱の伝わり方)に関する授業を行っている身としては一言、何か言いたくなってしまったのでした。
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