今週、学生さんがちょっとした失敗をしました。
失敗の内容は、DMF( HCO-N(CH3)2 )溶媒の乾燥に使用したモレキュラーシーブ(MS)を再生しようとして、乾燥機の温度を150℃に設定し、中にビーカーに入れたMSを入れた,というものです。その結果、乾燥機から異臭が発生しました。異臭はNOxであると片桐は判断し、全員室外へ退去し、そのままセミナーを行いました。実害はありませんでした。
普通、このような有機溶媒の乾燥に用いたMSは再生使用せずに廃棄するのですが、彼は「もったいない」と感じ、試薬会社のマニュWEB上に公開しているマニュアルに従い再生しようとしてヒヤリハットを起こしました。
さて、このトラブルには幾つかの注目点があります。
一つめは、この異臭を感じた学生と感じなかった学生がいたことです。
片桐はこれまで何度もいろいろなにおいを嗅いでおり気づきました。また学生の一人は異臭を感じたものの、特段のアクションを起こしませんでした。一方、失敗した学生を含め残りの3名の学生はその臭いをまったく感じなかったそうです。これは臭いに対する個人差に由来します。ものの本によると青酸ガスは「アーモンド臭」を示すそうです,その一方で「その臭いを検知したらその時点で命は無い」とも言われています。矛盾を感じますよね。死にそうな人が「アーモンド臭が…」と言い残して死んだわけでもないでしょう。私は実際にごく薄い青酸ガスの臭いを嗅いだことがあります(^_^ ;)。確かにアーモンド臭でした。しかし、同じ時に同じ部屋にいた他の方は(むしろ私より発生源に近い所にいた人も)その臭いに気がついていませんでした、または気がついていても気にしていませんでした[1]。
2つめは、試薬会社がWEBで公開している再生手順マニュアルのある意味での不備です。
確かにこの手順でMSは再生されます。しかし、MSの上に吸着されたDMFは沸点よりも高い温度で加水分解され、ギ酸とジメチルアミンに分解します。その後、脱水や酸化により一酸化炭素(CO)や窒素酸化物(NOx)などのガス成分になり、放出されます。このような熱分解についてはDMFのMSDSに記載されています[2](しかし、一部の会社のMSDSには記載されていません)。同様に塩素系溶媒を乾燥させたMSを電熱線がむき出しになっている普通の乾燥機で乾燥させると、ホスゲン臭を感知することがあります(この臭いも、みんながみんな検知できるわけではないようです)。このような二次的なプロセスによるトラブルまでマニュアルは網羅していません。
以前、アメリカ化学会のC&ENewsにそのようなトリホスゲンという化学物質の「危険性の表示」についての指摘がありました[3]。当時、この化学物質の危険性表示は「催涙性LACHRIMATOR、水との反応性MOISTURE-SENSITIVE」だけでしたが、実際に水と反応すると猛毒のホスゲンガスを発生します。つまり、その2次危険性(そちらの方がよっぽど大きな危険)が不備である、という指摘がされました。その後、この申し入れを考慮し、試薬会社は危険性の表示を改めました。
今回、このインシデントについてはWEB上に再生マニュアルを公開している試薬製造会社2社に報告させていただきました。