カーボンオフセットの信頼性(江頭教授)
| 固定リンク 投稿者: tut_staff
カーボンオフセットについては前回の記事で紹介しました。「どうしても削減できないCO2の排出を、他の場所での削減や吸収で埋め合わせる」という取引のことで、カーボン(=CO2排出量)を他の人に埋め合わせてもらう(=オフセットしてもらう)、ことから命名されたのでしょう。
さて、日本でもカーボンオフセットに関する取組が行われています。環境省のWEBサイトにも「カーボン・オフセット」と題したページがあり、政府の取組が紹介されています。そのなかで指針・ガイドラインとして「我が国におけるカーボン・オフセットの推進に向けた展望」という文章が公開されていました。
カーボンオフセットは意義のある活動であるが日本での広がりはまだまだ。普及に向けていろいろな施策をします。という内容なのですが、その中で以下のような気になる記述がありました。
また一方で、近年においても国内外でカーボン・オフセットに関連した詐欺事件等が報告されていることから、信頼性のあるカーボン・オフセットの取組を推進していく体制を充実させていくとともに、このような事件を未然に防ぐためにも市民のカーボン・オフセットに関する正しい理解を普及していくことが重要である。
この文章は2014年の日付ですから、実際には2013年年度にこのような事件があったのだと思います。具体的な事件の内容は調べられなかったのですが、カーボンオフセットについて、どのような詐欺が起こりうるのかを考えて見ました。
カーボンオフセットの当事者は「どうしてもCO2の排出を削減できない人」と「他の場所での削減や吸収を行う人」の二者ですが、「排出している人」がお金を払ったのに、「削減する人」が実際には削減しない、という形の詐欺が一番ありそうです。つまり、「削減する人」を装った加害者が被害者である「排出している人」からお金をだまし取る、という訳です。
実際の詐欺事件はこのようなものだったとしても、他の形態の詐欺がありうるのではないでしょうか。
まず、私は実際の詐欺事件について何の情報も持っていませんので、以下の話は完全に理論上の想定である、ということをお断りしておきます。
カーボンオフセットで「排出している人」と「削減する人」がぐるになって、実態のない削減が行われた、と偽るとどうなるのでしょうか。
カーボンオフセットにおいて「削減する人」が実際に削減に取り組めばそれなりの費用がかかりますが、何もしないで削減を行ったと嘘の主張をすれば費用はかかりません。その際、「排出している人」から「削減する人」へ通常通りの支払いが行われていれば「排出している人」が被害者、「削減する人」が加害者の詐欺となります。この支払いが行われなかった場合、「削減する人」にはプラスもマイナスもありません。一方、「排出している人」が何を求めているかによりますが、例えばカーボンオフセットをPRのために行っている場合なら、「カーボンオフセットに取り組んでいる」という形式が整えばそれで目的を果たすことができます。「排出している人」にはプラスがあることになるのです。
この場合、「排出している人」も「削減する人」も損をしていません。この「詐欺事件」では、誰が被害者なのでしょうか。
「排出している人」のPRを見て感動した人たちの感動は無になっています。削減量と排出量統計に矛盾が生じることで炭素収支会計の正確性が犠牲になるとも言えます。でも最大の問題は、行われたはずの削減が行われなかったこと。つまり、地球全体が被害者、ということになるでしょう。
こう考えると、カーボンオフセットには削減量の信頼性が決定的に重要である、ということが分かります。削減量を具体的にどのように算定するのか、正確に計算するための技術的な問題も重要ですが、それと同時に誰が認証するかも重要です。カーボンオフセットの関係者ではない第三者、公的な機関による認証が必要となるでしょう。
「解説」カテゴリの記事
- 災害発生時の通信手段について(片桐教授)(2019.03.15)
- 湿度3%の世界(江頭教授)(2019.03.08)
- 歯ブラシ以前の歯磨き(江頭教授)(2019.03.01)
- 環境科学の憂鬱(江頭教授)(2019.02.26)
- 購買力平価のはなし(江頭教授)(2019.02.19)