京都議定書約束期間の温室効果ガス排出量(江頭教授)
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昨日の記事では温室効果ガスの排出を削減するための国際的な取り組みである「京都議定書」について紹介しました。2008年から2012年までの期間(約束期間と呼ばれています)の温室効果ガス排出量の年間平均値を1990年度から目標値まで削減する、というもので、日本の目標値は1990年度からマイナス6%とされていました。
さて、この目標は吸収源の加算と京都メカニズムの利用によって達成されたのですが、では温室効果ガスの排出そのものはどのような経緯をたどったのでしょうか。平均では1990年度に比べてプラス1.4%となっているのですが、2008年度から2012年度までの期間には温室効果ガスの排出に対して大きな影響を与える事象が起こっていたのです。
下の図は前回と同じで「温室効果ガス排出量の算定結果」からの引用ですが、もう少し広い期間が示されている2013年のデータを示しました。2006年度、2007年度と増加していた排出量は一転、2008年度から2009年度までは減少しました。その後増加に転じて2012年度まで増え続けています。大まかに言って前半は減少、後半は増加です。それぞれ何が原因なのでしょうか。
もったいぶるのはやめましょう。前半の減少はリーマンショックの影響、後半の増加は東日本大震災による影響を受けているのです。
リーマンショックは2008年にはじまった世界的な経済危機のことです。この年の9月リーマン・ブラザーズという投資銀行が倒産したことがきっかけとなったのでこのような名前がついています。米国でサブプライムローンが不良債権化した、といういわゆるバブル崩壊の現象なのですが、これが世界中に大きな影響を与えることとなりました。
リーマンショックの影響は金融の世界にとどまらず、実体経済にも悪影響を与えました。経済が収縮したため生産が減少し、温室効果ガスの排出の大きな要因である化石燃料の消費も減少。日本でも2007年まで増え続けていた温室効果ガスの排出量が急激に減少しました。2008年年度から2009年度にかけて、日本の温室効果ガスの排出量が減少しているのはこのリーマンショックの影響をうけたのです。
つづく2010年度には排出量は増加に転じますが、これはリーマンショックからの回復とみることができるでしょう。しかし、2011年度からの増加はもう一つの大きな出来事、東日本大震災の影響だと考えられます。
2011年3月11日の東日本大震災は地震と津波の被害が大きかったのですが、温室効果ガスについてみると福島第一原子力発電所の事故の影響が大きかったと言えるでしょう。原子力発電は、少なくとも発電中には温室効果ガスを放出しません。福島での事故をうけて日本国内の原子力発電所が全て停止するという事態となったことで化石燃料を使った発電が増加。その影響で温室効果ガスの排出量がさらに増えることとなりました。
さて、以上が京都議定書の約束期間中に起こった排出量に関係する大きな事象です。排出量削減という観点に限れば、リーマンショックで削減目標に近づいたのですが、東日本大震災によって目標は遠のいた、というめまぐるしい展開となったのです。京都議定書の目標、マイナス6%を決めた1997年にこの展開を予測した人は全くいなかったでしょう。そう考えると温室効果ガスの削減目標の設定方法は柔軟に考える必要があるように思います。
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