水の蒸発と乾湿球湿度計 (江頭教授)
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前回の記事で「乾湿球湿度計」について説明したのですが、その原理は「湿球(水で濡れたガーゼで温度計の液溜を覆ったもの)と乾球(普通の温度計)の温度を比較して蒸発潜熱による冷却の効果を計る」というものでした。湿度が低いほど蒸発が起こりやすく、湿度が100%では蒸発が止まることから温度差が湿度の指標となるのです。
さて、この説明で疑問を感じたひともいるのではないでしょうか。
暑いとき汗をかくのは蒸発潜熱をつかった冷却効果で体を冷やすためだというのですが、私たちが扇風機や団扇をつかうとき、体がぐっと冷える感じがします。これは風を送ると蒸発が早くなることを示していると思います。だとすれば「乾湿球湿度計」は風がふくと間違った値がでる、という事なのでしょうか。
写真は佐藤計量器製作所のアスマン式通風乾湿計。送風機と一体化されています。
これはなかなか難しい問題なので、2段階に分けてお答えしましょう。
まず1段階目。その通り。湿球乾球湿度計は風の影響を受けます。実験室の壁につるすタイプのものは風の影響を受けないようにして運用しましょう。普通壁際では空気がよどんで風が吹かないものですが、扇風機の風が直接当たるような配置は好ましくありません。また、工場で利用する本格的なものは常に同じ速度の風が当たるように送風機と一体化したタイプも利用されています。
そして2段階目。湿球温度は風の影響を受けますが、その影響はあまり大きくはありません。我々が扇風機などで感じるほどの影響はないのです。
そもそも風が吹いて蒸発が早まるのはどうしてでしょうか。湿球の表面から蒸発した水蒸気は湿球の周りによどんでいる空気に溶け込むので湿球の表面では水蒸気が飽和しているようにみえる状態になります。ここに風が吹くとよどんだ空気が吹き飛ばされるので水蒸気で飽和していない空気が湿球表面に到達してさらに蒸発が起こるのです。
確かに蒸発は早くなります。でも、湿球の温度は周りの空気よりも低い事を思い出してください。風によって到達できるようになった「飽和していない空気」は実は暖かい空気でもあるのです。蒸発潜熱で冷やされるスピードが上がる一方で周囲の空気で温められるスピードも速くなります。両者が打ち消しあって、結局風の影響はそれほど大きくない、ということになるのです。
さて、この結論、私たちの実感(風を受けるとぐっと涼しくなる)と矛盾しているようにみえますね。これ、湿球温度が周りの空気の温度より低い、という点がポイントです。人間の体は常に発熱している点で湿球とは異なっていて、風が吹けば湿度100%の風でも涼しく感じるのです。(もちろん風の空気温度が体温以下の場合です。)
あえて私たちが湿球の気持ちを理解しようと思ったら...。体温より高い温度の風を受けてみれば良いのではないでしょうか。40℃の熱風とか。あっ、冗談です。危険ですから挑戦しないでくださいね。
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