水道水にフッ素を入れることについての個人的な意見(片桐教授)
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9月3日の江頭先生のブログで「水道水へのフッ素混入陰謀論」が紹介されていました。これはフッ素化学を専門とした私を挑発しているのではないかと存じます。この問題はいろいろとデリケートな問題が絡んでいるので、書き難いのですが,わたくし白ひげは黒ひげ先生の挑発にあえて乗りましょう。
以下は拙書「研究室では「ご安全に!」」コロナ社(2018)に記した内容とかぶります。
子供の虫歯予防のために小学校などの集団で「フッ素塗布」を歯科医により行います。「フッ素」を歯に塗ると表面が硬くなり,虫歯になりにくくなるというものです。同じように、水道水にフッ素を添加すればう歯の予防になると考えられています。
さて、う歯(ムシ歯)予防の「フッ素塗布」(私はこのことばが大嫌いです。正確に「フッ化物塗布」と言うべきです)はそんなに有害でしょうか。歯科医や学校で行う子供へのフッ素塗布そのものの危険性(これは正確には有害性と呼ぶべきです)についてWeb検索をすると、危険性についての多くの主張を見つけられます。このようなWEB上で、フッ素塗布に反対する人の中には、反応性のまったく異なる「フッ化物塩」と「単体のフッ素」を混同し、あたかもフッ化物塩も高い反応性(酸化能力)を持つ、危険なもののように記載していることがあります。騙されないようにしてください。人体に必須元素である水素、窒素,炭素でも組み合わせでも猛毒の青酸になります。多くのフッ化物塩は「強い有害性」を有するものではありません。
ただし、「フッ化水素 (HF)」は有害です。これは近年の半導体産業の進歩によりケイ素のエッチングに使われるフッ化水素酸の死亡事故例でも明確です。また、このようなフッ化水素酸による事故は海外のテレビドラマ(ER)でも題材にされたそうです(残念ながら私はまだ見ていません)。フッ酸は塩酸などに比べても比較的弱い酸ですが、「浸透しやすい酸」であるため危険です。そして、体内で生命維持に必要なカルシウムイオンを奪ってしまいます。同様に浸透しやすいギ酸も、比較的弱い酸ですが、皮膚に濃厚につくとケロイドになります。人体が代謝しない、でも浸透しやすい酸は危険です。
さて、歯に塗布する量や濃度のフッ化物塩での急性毒性は考えにくいものです。学童のフッ化ナトリウムNaFの最小中毒量は5 mg/Kgと見積もられています[舟阪渡「弗素化学」南江堂(1963)pp97]。虫歯予防のために給食に添付する際、間違えて大量(予定の100倍)与えたために、嘔吐、下痢、腹痛の症状が見られたそうです。では慢性毒性はどうでしょうか。飲料水中に1.0ppm以上のフッ化物を含む地域の子供が15歳くらいまで飲用し続けると、「斑状歯」という歯のエナメル質の異常を起こすことがあるそうです。しかし、この斑状歯ではムシ歯になりにくいことから逆にフッ素塗布が生まれました。中国の広州市で1965年から水道水をフッ素添加したところ、1976年の調査でムシ歯は63.9%から27.5%に減りましたが、斑状歯が1.1%から47.2%に増えたそうです[里美宏「ちょっと待って!フッ素でむし歯予防?」ジャパンマシニスト(2006) p36]。
う歯(虫歯)はこじらせると命に関わる病気です。その意味でう歯予防がQOLの向上に大きく役立つことを否めません。一方、フッ化物の害については、その可能性を否定できません。ここで否定していないから肯定しているとは理解しないでください。「まだわからない」を含めた「可能性を否定できない」です。
フッ素という「元素」は、もともとからだに必要ないものですから、それを積極的に入れることで、虫歯予防という益もあるが、害(の可能性や不安)もあるのは当然です。結局、その益と害を秤に掛けて、益が多ければ使えばよいし、害が大きければ使わなければよいという話です。
ですから、子供の歯のケアを十分にしてあげられるお母さんなら、子供の歯へフッ化物を塗ることを拒否するのは当然の権利です。一方、十分なケアのできない親御さんの場合に、ケアはしないが拒否するのは、子供のQOLを下げること、一種の虐待になってしまいます。そして、社会全体から見たら、まだフッ化物を塗った方が益多いようです。
十分な歯のケアを行っている子供に無理矢理にでもフッ素塗布をすることは間違っています。同様に水道水へフッ化物を入れることも間違っていると思います。しかし、このような害と益の十分な理解と議論の無いまま、あるいは十分な歯のケアを行わないままに「フッ素(フッ化物)塗布は有害だ」とする書籍や資料を流布すること、それを鵜呑みにして何が何でもフッ化物の塗布を悪と決めつけ、ケアが不十分な子供の親を巻き込んで、フッ素塗布に反対するのもまた間違っています。薬になるものは必ず毒にもなります。それを正しく学ぶことが親御さん一人一人に求められています。
キューブリックのコメディ(?)映画「博士の異常な愛情」はB面でそのようなフッ素周りのドタバタを笑っているのかもしれません。
結局、親御さんがしっかりとした歯のケアを行えば、フッ素を水道水へ積極的に入れ、フッ素塗布を行う必要はない、ということです。でも、フッ素を含まない歯磨き粉をスーパーで見つけることも難しいようです。フッ素を含まない歯磨き粉を選択肢として選べるようにするべきではないかと、個人的には思います。
黒ひげ先生のお好きな陰謀論は脇において、望まない人にもフッ化物を強要する「水道へのフッ化物添加」に、私は反対です。
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