書評 井上純一「キミのお金はどこに消えるのか」角川書店(2018)(片桐教授)
| 固定リンク 投稿者: tut_staff
本屋さんでこの本を見かけたので購入しました。
私はこの作者の別のマンガ「中国嫁日記」を昔から読んでいます。夫婦という密接な関係の中で、日中の異文化の衝突が書かれている興味深いマンガです。その同じ作者の経済に関する解説マンガです。
学習・解説マンガは小中学生の読み物と思っていると、大間違いです。この本は大人でも、いや常識に固まった大人だからこそ,読んだ時に理解や納得が難しく感じられる本です。いろいろな近代・現代経済学の学説を交えて、現在日本の経済状況について、日本の国債(借金)のはなしから、消費税のあり方まで議論しています。
「経済」はつくづく怪物です。人間が創り出したものなのに、人間には制御できていないモンスターです。そして、そのモンスターをどのようになつけるのかについて、まだ人類は知恵がたりません。
我々は中学や高校の歴史や日本史で江戸時代の両極的な経済政策を学びました。ひとつは徳川吉宗と徳川宗春の葛藤です。徳川吉宗は紀州藩の藩主時代に緊縮と節約で藩の財政を立て直し,その後同じ手法で幕府の財政立て直しを行ないました。そして、庶民にも節約と贅沢の禁止を押し付けました。一方の徳川宗春はまったく逆の産業や商業や娯楽の振興により尾張藩をもり立てました。本人を含め、領民にも贅沢を許し、そのため吉宗と反目しました。しかし、どちらのやり方も経済政策としてはそれなりに成功しています。どちらが正しく、どちらが間違っているというものではありません。
もうひとつは田沼意次の重商政策と松平定信の寛政の改革の葛藤です。これもまた、経済をなつけるために、両極端の手法でそれぞれ経済を立て直しました。
ここで、注意しなければならないのは、多くの書籍では吉宗や定信の節約・倹約は「正しく」、宗春や意次はあたかも贅沢をする悪者のように扱われていることです。特に田沼意次の政策が破綻したのは天災とテロによるものです。そして、現在は悪いこととされる賄賂もその当時は一般的なことでした。しかし、後世の中学校や高等学校の先生方は、田沼意次が賄賂を受け取ったから悪い奴である。彼は小姓から成り上がったため卑しい考え方をしていた(一方、松平定信は吉宗の孫であり、正当な為政者である)、と教えることすらあります。そのようなバイアス=偏見は危険です。むしろ有能でのし上がってきた意次の方が、世襲に頼った定信よりも優れていると考える方が健全ではないでしょうか。これについては辻善之助「田沼時代」岩波文庫(1980)をお読みください。そして、そのような歪んだ考え方は、昭和の田中角栄のバッシングにおいても見られました。
このような「節約は美徳だ」「贅沢は敵だ」と言う考え方に,我々は洗脳されていませんか?。贅沢をすることで社会を発展させようとする考え方を無条件に間違っていると判断してませんでしょうか?。今回紹介した本はそのような洗脳された頭にガツンと来ます。一方で、この本により、「国の借金は怖くない」「皆が豊かになるためにもっとお金を使いましょう」という考え方に洗脳されるのもまた危険ではないかと思います。おそらく、経済を考えるのなら、中途半端な節約や中途半端な贅沢は何も解決しない。どちらにしても、やるなら中途半端はいけない。ということではないかと感じました。しかし、民主主義はそのような両極端を避けます。さあどうすればよいのか?。
そして、このマンガは、「サステイナブル」に関する考え方について、私に大事なサジェスチョンを与えてくれました。
サステイナブルな社会の構築のための「SDGs」は持続可能な「発展」のための目標と訳されます。持続(サステイナブル)するのが目標なら限られた資源を可能な限り節約し、省エネルギーを徹底すれば目標の半分は達成されます。しかし、注意すべきは「持続可能な」は「発展」の形容詞だということです。主題は「発展」です。我々は洗脳により主題を「持続」の方であると取り違えていないでしょうか。短絡思考に陥っていないでしょうか?。
私自身も「節約第一主義」に陥っていたようです。どのように「発展」を持続可能なものにするのかを考えるべきであると今更のように気づきました。
「正しい」「正しくない」は別にして、我々の経済の常識(思い込み)に理路整然と噛み付いてくるこの本を、バイアスを排ししかし洗脳されることなく読むことを学生さんにお勧めします。
「書評」カテゴリの記事
- 書評 マルサス 「人口論」 (光文社古典新訳文庫)(江頭教授)(2019.01.23)
- 書評「マイケル・サンデルの白熱教室2018」(江頭教授)(2019.01.21)
- 書評 ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福」河出書房新社(片桐教授)(2019.01.08)
- 書評 高橋洋一著「未来年表 人口減少危機論のウソ」(江頭教授)(2019.01.04)
- 書評 堺屋太一著「平成三十年」その3 物価の安定は何をもたらしたか(江頭教授)(2018.12.28)