書評 堺屋太一著「平成三十年」(江頭教授)
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平成三十年の終わりにこの「平成三十年」を読む、というのも面白いと思います。本書は平成九年から十年にかけて朝日新聞に堺屋太一氏が連載した小説をベースとして平成十六年に刊行されました。本書の面白さは執筆の時点から二〇年後、あるいは十五年後を想定して書かれた未来予想、しかも「このままでは未来はこんなことになってしまう」という暗い未来の描写です。本当に平成三十年になった現在から見て、果たしてどの程度「暗い未来」が実現してしまったのでしょうか。
さて、本書で予測された平成三十年の世界はどのようなものなのでしょうか。本書下巻に北岡伸一氏がよせた解説から少し引用してみましょう。(この解説も平成十六年に書かれていることに注意してください。)
平成三十年の日本は、八方ふさがりの状況にある。
円安は進んで一ドル二五〇円を切り、さらに三〇〇円に近づきつつある。貿易とサービスの収支は一〇〇〇億ドルの赤字、過去の遺産である資本収支で五〇〇億ドルの黒字だが、国際収支は五〇〇億ドルの赤字、それも拡大しつつある。
予算は大幅に膨張して総額三〇七兆円、現在の四倍近い。そのうち、七七兆は不足していて、公債に依存している。所得税は地方税を含めて五十%、消費税は十二%で、さらに二〇%へと引き上げられそうである。
いかがでしょうか。極端な数字が並んでいるように思えまますが本書の設定ではインフレが進行、物価が3倍以上に上昇していることになっています。これを考慮すると円ドルレートは現実の方がまだまだ円高なようです。消費税はまだ十%になるかどうか、という状態ですから現実の方がこの小説を追いかけている途中と言ったところでしょうか。
現状、貿易の黒字はサービスの赤字よりも大きく、資本収支を加えた経常収支では平成二十九年で約二十二兆円の黒字となっていますから、本書の予測はあまり当たっているとは言えません。
予算規模は物価の上昇を考慮すれば当たっていると言えるでしょうか。ただし、実際の公債依存度はより高くなっていますから、現実の予算はより借金に依存している、税金を上げるのが間に合っていない、というわけですね。消費税の税率では現実が追いついていないこともその原因でしょうか。
さて、私の感覚では本書で描かれた「暗い未来」はそれほど実現していない様に思います。世界での日本の地位が低下した、というのは確かなのですがそれは相対的な順位の話。(GDPで中国に抜かれたからと言って日本人が貧しくなる訳でもありません。)本書で予想されているような新興国との競争に敗れて国際収支が赤字になり国全体が貧しくなる、という状態にはなっていないように思います。
その原因の一つは本書の世界で想定されている「資源危機」、化石燃料、金属資源の不足による全世界的な経済危機が起こらなかったことでしょう。
もう一つの原因は堺屋太一氏が日本の構造的な問題点であると指摘し続けていた「官僚支配体制」が次第に緩んできた点にあると思います。予算に占める借金の割合が25%程度なのに12%の消費税を20%に上げて財政を健全化しようとする本書の世界は財務省官僚の方々からすれば理想郷の様に見えるでしょう。しかし現実の公債依存率は30%を越えていて(これでもここ数年の好景気で改善された値です)、いまだに消費税は10%に到達していません。現在の「官僚支配体制」では国民の意に反した増税を進めることは容易ではないのです。
本書の予測はそれほど当たらなかった、とはいえ「官僚支配体制」批判を続けていた堺屋太一氏からすればうれしい誤算ではないでしょうか。この変化には氏の著作をはじめとする活動も寄与しているのですから。
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