書評 高橋洋一著「未来年表 人口減少危機論のウソ」(江頭教授)
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高橋 洋一
「未来年表 人口減少危機論のウソ(扶桑社新書)」
扶桑社(2018)
この本のタイトル、明示はされませんが
河合 雅司著「未来の年表 人口減少日本でこれから起きること (講談社現代新書)」講談社(2017)
を意識してつけられているのだと思います。(こちらの本については以前このブログでも紹介しました。)ただ、注目してほしいのは「人口減少危機論のウソ」というサブタイトルであって「人口減少論のウソ」ではない、という点です。人口減少が起こることは当然のこととしてみとめたうえで、でもそれは危機ではない、というのが本書の主張です。「だからどうした?」という帯の煽り文句からわかるように、人口減少による変化は変化として受け入れることは可能であり、むしろ人口減少に危機感を感じて馬鹿なことをしないことが大切だ、というのです。
「馬鹿なこと」とは何か。国としては移民の受け入れであり、個人としては国の年金制度を利用しないことだ、といいます。
移民に関する議論は不確実性が高く、いろいろな立場があり得るため確定的なことは言えません。一方、年金については制度設計の問題なので予測可能な部分が多い。本書の著者である高橋洋一氏は元財務官僚であり、この問題にも精通している人物なので、年金制度が如何に安全であるかを説明しようとしています。
年金制度の説明は本書の第三章で中心的に論じられるのですが、残念ながらこの辺りの議論、私は説得力を感じることはできませんでした。言っていることは「年金数理に従って制度設計しているので大丈夫」の一点張りにしか見えません。
実は最終章で補足として書き加えられている説明の方が詳細な議論を明示的に示していて納得できる内容でした。その中で高橋洋一氏は
残念ながら、「失われた20年」と言われる過去20年間は名目GDPが増えず、給料も増えていない。この20年が異常で、そんな状態だったら年金だけでなく、他の制度も続かない。(中略)同じようなことがまた20年間続くようならば年金のみならずすべての制度が破綻する。
と言い切っていて、氏の言う「大丈夫」が実は条件付きのものであることを明示してくれています。高橋洋一氏は「失われた20年」がもう一度来ることはない、と絶対的な確信を持っているが故に年金制度は「絶対に破綻しない」と確信しているわけですね。私としては無条件で大丈夫と言われるよりも、こちらの方がよほど信頼できると感じました。
本書は高橋洋一氏独特の語り口で面白く読める本ではあるのですが、上記のように前提条件の説明が不十分だったり構成に無理があったりして完成度の高い書物とは言えないと思います。とは言えなんとなくの常識に対して強烈なカウンターを食らわせる高橋節はなかなか刺激に満ちていますので、それを前提としたうえで読んでみるのも良いのではないでしょうか。
追記:
なんとなく本書を河合 雅司氏の「未来の年表」と対立する内容の本のように紹介してしまいましたが、実は河合氏の本も人口減少危機論とは言えない内容です。たとえば河合氏の本で問題にされているのは「年金が破綻する」ことではなく、無年金や低年金の老人の生活が破綻すること、年金制度が十分に利用されないことによる危機なのです。
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