書評 ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福」河出書房新社(片桐教授)
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正月のNHKのBSでこのベストセラーの解説番組をやっていました。面白そうだったので、正月の休みに少しどっしりとした本を読もうかなと思い正月2日の初詣の帰りに購入しました。しかし、正月の休み明けの7日現在、まだ上巻を読み終え、やっと下巻に入ったところです。普通この厚さの本は上下巻でも2日あれば読破できるのに、いろいろ引っかかって全然前へ進めません。読みはじめて少し後悔しています。まだこの後に続編の「ホモ・デウス テクノロジーとサピエンスの未来」が控えていると考えると,気が遠くなります。
視点は確かにおもしろい本です。というよりも視点でごりごりと押してきています。歴史書のような顔をした哲学書です。
上巻はサルとヒトとの違いを「認知革命」というキーワードで分析しています。しかし、この議論の論拠は必ずしも完全ではありません。特に今から7万年前のトバ・カタストロフィについての記述とその意義を欠いています。
トバ・カタストロフィとは、インドネシアのトバ火山の噴火による大きな地球環境の変動により、サピエンスは数千個体にまで減ってしまった(ボトルネック)という学説です。この人類という種のボトルネックにより人類の多様性は失われてしまったと言われています。実際、サピエンス種の体格などのばらつきは犬などに比べて比較的小さいものです。トバ・カタストロフィについては異論も多く、まだ確立したものではありません。しかし、この説を採用すればこの本「サピエンス全史」の主張するいろいろな事象をよりスマートに説明できるのに、著者はそれをあえて採用していません、そこにある種の意図を感じます。
他の動物はそのような地域的な拡散を行なわなかったのに、サピエンスはなぜユーラシア大陸から全世界に広がらなくてはならなかったのか?。それについての記述には、このような大きな地球の気候変動についての記述を必要とするのではないか?。それを無理矢理に人類の自発的な行動である、としたいように読めます。このようなことを考えながら読むと、ページが前に進みません。
その後の農業革命を、豊かな採集民を自縄自縛に導いた行動、と断じるところにも,著者の意図を感じます。
「人間は定住することにより狩人の比較的不安定な生活から安定に食料を得る生活に変わっていった」と、中学や高校の歴史の「縄文から弥生へ」のところで私は習いました。しかし、この本の著者は、それをかなり否定しています。なるほど、江戸時代の凶作とその被害、そして農民の逃散行動(ある意味縄文への回帰)を考えれば、農業への移行は確かに個体としてのサピエンスには非合理的です。そして、この本の著者は、それでも弥生(農耕社会)へ移行した理由をひとりひとりの個体の都合ではなくサピエンス種の都合(?)で説明しようとしています。しかし、この部分にもある種の無理な議論を感じます。
ここまで読んで、この本の著者は「サピエンスは(何か見えないものの)意志につき動かされ、歴史に示すように進歩してきた」と言いたいのかな、その必然性を述べたいのかな、と感じました。このような考え方は、もしかしたら、ユダヤ人である著者の唯一神を信じる文化的背景にあるのではないかとも感じます。そのように考えると、唯一神を奉じない私の覚える違和感を理解できます。
私は、この本はアルビン・トフラーの「第三の波」に似ている、あるいはかなり影響を受けているように思いました。
トフラーの第三の波は,1980年代初めに同じくベストセラーになりました。この本では「農業革命」「産業革命」をそれぞれ第一の波、第二の波として、来るべき「情報革命」を第三の波と捉え、その先の世界(ある意味今の我々の世界)を予言した本です。そこに記述された情報革命の内容やそれに伴う混乱は、現在我々の遭遇している情報革命をかなり正しく予言しています。
私は20代の初め、大学生になりたての若い日にこの本に遭遇し、そして、その情報革命を実際に自分の目で見て、トフラー氏の慧眼に恐れ入りました。
この本は、これ単独で読むのではなく、特に、トフラーの「第三の波」を読んでから読むと、その意義をより深く感じられると思います。しっかりと読むと難解なこの本をあえて学生さんにお勧めします。
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